第二百五十一章 新年祭(四日目) 1.エルギン~冒険者ギルド~(その1)
「成る程、そういった次第で」
「えぇ、不肖この私が、こうしてここにいる訳なんです」
二人の男が向かい合って座っているのは、エルギンの冒険者ギルドの一室。そこで言葉を交わしているのは、一人はエルギンの冒険者ギルドの職員。残るもう一人はと言うと、マナステラの冒険者ギルドの職員である。
マナステラの冒険者ギルド職員が、なぜまた遙々エルギンを訪れているのかというと、全てはダンジョンの為せる業であった。
「マナステラで『百魔の洞窟』が、何やら挙動を示したとは聞き及んでいましたが……」
「全く……一体、何がどうしてどうなったのか、未だに訳が解らない状況です。あの件の後、『百魔の洞窟』は何事も無かったように通常営業していますし……」
終いにはブツブツと口の中で不平を呟き始めたマナステラの同業者を見て、ダンジョンの活動を指して〝通常営業〟は無いんじゃないか――と、小さな違和感を覚えるエルギンの男。しかし、そういう些事はさて措いて、
「確かにこの国でも、幾つかのダンジョンが奇妙な動きをしていますが……」
テオドラムにほど近い「ピット」の活動が凶暴化したとか、「魔像の岩室」があわや緑化されかけたとかいう話もあるが、イラストリアのダンジョン絡みで最大のネタは、何と言ってもシャルドの「封印遺跡」だろう。まぁ、アレは公式には「ダンジョン」ではなくて「遺跡」なのであるが。しかし、それを考えても……
(マナステラの同業者は、ダンジョンの事について相談するためにイラストリアを訪れたと言うが……それなら目的地が違いはしないか?)
エルギン冒険者ギルド職員の内心の不審を読み取ったのか、
「いえ、確かにそちらにも関心が無いとは言いませんが……我々が気にしているのはモローのダンジョンなんです」
「モロー……『双子のダンジョン』ですか」
確かに、あのダンジョンも奇妙と言えば奇妙だ。何しろ、そう遠くない距離にいつの間にか二つのダンジョンが現れていたというのだ。その点では、一夜にして出現したという「災厄の岩窟」を彷彿とさせるような話である。
ヤルタ教の勇者とベテランの冒険者パーティが相次いで行方を絶ったのもあの二つのダンジョンであったし、そういう意味では興味を持たれるのもそう不自然ではない。
しかし……出現してからこの方、あらゆる意味でダンジョンの常識を裏切り続けている「災厄の岩窟」と違って、こちらの「双子のダンジョン」は、そこまでおかしな挙動を示してはいないが? そういう意味では寧ろ、ダンジョンのモンスターが表に出ているという「ピット」の方がより奇妙ではないのか?
「いえ……確かにそれらのダンジョンにも気は引かれるのですが、実のところ我々が最も興味を引かれたのは、昨年『還らずの迷宮』で起きたという……その、珍事の事なのでして」
「あぁ……」
そう言われれば、エルギンの男にも何の話かは解る。
マナステラの貴族令嬢が「還らずの迷宮」に単身潜り込み、ダンジョンから突き返された件だろう。しかもあの一件では、ダンジョンマスターから子どもの管理不行き届きを叱責される――クロウにそういった意識は無い――という、冗談のようなオチまで付いた。あれはマナステラの貴族家だったから、マナステラの同業者が聞き及んでいるのも納得できる。……事情が事情なので、この国では機密案件に指定されているが……そうでなければ吟遊詩人たちが、面白可笑しく囃し立てても納得できそうな珍談だった。……まぁ、巷でも密かに噂になっているような気もするが。
「……あの件では、そちらにも大変ご迷惑をおかけしたようで……自分が言うのも何ですが、申し訳無い」
「あ、いや……それほどの事は……」
情け無さそうな表情で頭を下げるマナステラの同業者に、エルギンの男は慌てたように言葉をかける。
確かに吃驚したのは事実だが、エルギンのギルドが特に迷惑を被った訳ではない。最大の迷惑を被ったのは、他ならぬ「還らずの迷宮」であろうし、次点で気苦労を背負い込んだのはモローの冒険者ギルドである。
「謝罪ならここではなく、モローのギルドで為されるべきでしょう。紹介状を書いて差し上げますので、あちらにも顔を出されては?」
「無論、そのつもりです。紹介状を書いて戴けるというならありがたい」




