第三十六章 王都イラストリア 1.王国軍第一大隊
苦労性のウォーレン卿が頭を悩ませた結果、予想外の解釈が……
王国軍第一大隊士官マンフレッド・ウォーレン卿は、このところずっと同じ問題のことで頭を悩ませていた。
★Ⅹはモローの近辺で何らかの活動をしている。ただしモローの町でではない。
★Ⅹが活動しているのは具体的にはどこなのか。
★Ⅹはなぜこうまでしてモローから目を逸らさせようとするのか。
★モローのダンジョンは何のために造られたのか。
★モローに何があるのか。
自分一人で考え込んでいても、堂々巡りばかりで埒が明かないと感じたウォーレン卿は、信頼する上司の意見を聞く事にした。
「珍しいな、ウォーレン。お前の方から儂に声をかけてくるたぁ、一体全体どうした風の吹き回しだ?」
「至極面倒な風がぐるぐると堂々巡りしてましてね。お年寄りのお知恵をお借りできればと」
「年寄りは余計だ。話せ」
ウォーレン卿は、自分を悩ませている五つの疑問について意見を仰いだ。
「ふん。大体において同意できそうな要約だな。説明しろ」
「はい。最初の事項については同意して戴けるものと思いますので、二番目から。Ⅹの目的、あるいは目標を予測するためにも、活動範囲をもう少し絞り込みたいのですが……」
「判っているのはダンジョン三つ、それにドラゴンの形跡が認められた北西部、宝玉とやらが見つかったらしいのは町の近くとしか判っちゃいねぇ。鬼火とやらが見えたのは旧ダンジョンの辺りらしいから、実質三地点。ドラゴンは北から飛んで来たらしいから北西部って話も割り引かなきゃならん。それを考えると、結局はモローの周辺って事になるな」
「はい、ただ、モローの町自体では何の異変も見られません」
「つうと、やっぱり旧ダンジョンのある位置が臭いか」
ローバー将軍は視線でウォーレン卿の意見を確かめるが、卿にも異存はなかったらしい。そう判断した将軍は、次の項目に話を移す。
「Ⅹがモローから目を逸らさせようとしているってのは何だ?」
「これはやや根拠が弱いですね。ヴァザーリであれほど目立つ騒ぎをしたのが陽動だとした場合ですから」
「ふむ。考え過ぎじゃないか? ヴァザーリでの騒ぎについては、単にヤルタ教を貶めるために必要な事をやっただけで、騒ぎになったのはその結果だろう?」
「そうかも知れません。この問題は一応保留にしておきましょう」
ウォーレン卿も、これについてはそれほど核心があったわけではないらしく、あっさりと問題を取り下げた。
「次は、モローのダンジョンが造られた理由か……新しい方のことだな?」
「はい。なぜ、ほぼ同時に、近接した場所に、二ヵ所ものダンジョンが造られたのでしょう? 偶然に誕生したというのは色々と出来過ぎのように思えます」
「あぁ、偶然じゃないとは儂も思う。だが、その理由か……」
意表をついた質問に、将軍も首を捻って考え込む。二ヵ所ものダンジョンを同時に造った理由か……言われてみれば確かに妙だ。
「何かを、重点的に執り行なう必要があったって事か?」
「その場合、Ⅹの目的は達成されたのでしょうか?」
「……これまでに判っている異変は、どれもこれも微妙なものばかりだ。するってぇと……」
「Ⅹの目的はまだ達成されていない事になります。そして、そのために二つものダンジョンを必要とするほどの目的とは何でしょう?」
「……ウォーレン、お前には見当がつくか?」
「遺憾ながら、モローの近辺にある筈の何かが関わっているだろうとしか……」
「モローの調査を急ぐよう具申する必要があるな」
「最後の問題だが、こいつについても更なる調査を待つしかないな」
「そうですね、現時点では特におかしなものは見つかっていませんし」
「ウォーレン、想像でいい、何があると予想する?」
「Ⅹにとって重要なもの。ただし、Ⅹ本人にとって都合のいい物かどうかは判らない。むしろダンジョン二つを配備した事を考えると……」
「Ⅹにとって都合の悪い何かか……」
「はい、しかもそれは強力なもの――ダンジョン二ヵ所分の戦力に匹敵するものの筈です」
クロウがモローに同時に二つのダンジョンを設置した理由は、単に二つのダンジョンコアが兄弟分なので、母体となった旧ダンジョンの両脇に配置しただけである。二つものダンジョンを用いる必要のある目的などクロウには無い。しかし真面目な軍人たちには、そんな能天気な理由は想像もつかない。結局、クロウの意図を明後日の方向に拡大解釈して、いつも通り振り回される事になるのであった。
結局この日の予備検討では、モローの近辺にはダンジョン二ヵ所分の戦力に匹敵する危険物が眠っていることになってしまった。
事態はクロウ本人すら想定しなかった方向に動きつつあった。
もう一話投稿します。




