第二百五十章 新年祭(三日目) 5.リーロット~ホットデザート論議~
他の者たちも、その見解に異を唱えるつもりは無いが……
「それこそ、〝言うは易く、行なうは難し〟だろう」
「温かい菓子を作る事はできても、それを温かいタイミングで売れるのかと言うと……」
「そっちの方が難しいだろうからなぁ……」
ノンヒュームの露店が新年祭でそれを可能にしているのは、偏に〝客が途切れない〟ためである。作った傍から売れて行くので、冷める気遣いが無いのであった。
「つまりは、商品なり商店なりの側に、それだけの集客力が必要という事になる」
「正論の壁は越えられそうにないな……容易には」
打ち揃って溜息を吐いた一同であったが、そこに別視点からのサジェスチョンを持ち出す者がいた。
「努力の方向性はもう一つあるぞ? 冷めないままに保管しておくという手が」
――だが、一同は浮かぬ顔のままであった。
「それもなぁ……」
「マジックバッグ、それも高いやつを使えば、できん事も無いだろうが……」
当然、単価にはその分も上乗せされるから、客が〝手軽に買って食べる〟ような値段にできるかどうかは疑わしい。それ以外の方法はと言えば……
「……ノンヒュームたちならできるのかもしれんが……」
「あぁ……五月祭では冷やしたビールを売ってたんだっけな……」
「それに、イラストリアとマナステラにあるという菓子店。あそこには〝冷蔵のショーケース〟なるものが設えてあって、菓子なども冷たく、しかも長保ちできるように保管できる上に、客にその様を見せる事ができるというぞ」
「冷たいものを冷たいままに、温かいものを温かいままに――か……」
「イラストリアでもその手始めに、携行可能な『冷蔵箱』を開発したそうだが……」
「我々が手に入れるのは難しいだろうな……」
一同は憂色を更に深めるのであった。が――そこに、
「そう言えば……」
「何だ?」
「いや……『ラップケーキ』はともかく、『ゼンザイ』の方も冷めなかっただろう?」
「あれは……いや、そうか。汁物か」
「うむ。こちらの方向からのアプローチはできんものかと思ってな」
「確かに……ケーキよりは汁物の方が冷めにくいか……」
ノンヒュームたちの店でも、ホットドリンクは売っていた。これは突破口になるだろうか。
「いや……飲み物や汁物には容器が必須だろう」
「あぁ……その分を代金に上乗せするか、それとも容器を回収するようにするか……悩ましいところだな」
一同ちらりとザイフェル老に視線を向けるが、ザイフェル老は渋い顔付きで黙秘を決め込んでいる。何の事かと言うと……善哉の椀をノンヒュームの出店が回収していると知ったザイフェルが、意地悪く店員に訊ねたのである。
〝返さない者がいたらどうするのかね?〟
〝その時は、返って来なかった器の分だけ、お売りできる数が減りますわね〟
涼しい顔でそう答えられて、ザイフェルも返答に窮したのであった。
嘗てリーロットの町で、馬鹿なテオドラム兵士がやらかした顛末については、当然ザイフェルたちも耳にしている。あの時のように店を畳むとまではいかないにせよ、販売数を減らすような真似をした愚か者がどういう末路を辿るか……一同にはありありと幻視できたのだ。




