第二百五十章 新年祭(三日目) 4.リーロット~赤豆談義~(その2)
「いや……散々だった。このゼンザイとは似ても似つかない……豪く渋いものが出来上がったのだよ。おまけに生煮えだったようで、中に芯が残って固かったしな」
「「「「「…………」」」」」
ご存知の方もおられようが、小豆には本来渋みがあるものだ。最近では渋みの少ない品種も出廻っているようだが、元々は渋抜き――或いは「渋切り」――をしてから調理するものなのである。
まぁ渋抜きとは言っても、要は茹で溢してアクを抜くだけなのであるが、度が過ぎると小豆の風味まで消し飛んでしまうため、その辺りを見極める必要がある。おまけに小豆の種類によって渋みの強弱があるために、その都度最適なタイミングを見計らう必要があるのだが。
――で、こちらの世界の赤豆でもその辺りの事情は同じらしく……要するにこの商人は、渋抜きしないままの小豆に砂糖を加えて煮たらしい。しかも〝泣きっ面に蜂〟というのか、彼が使った赤豆というのは、特に渋みの強い系統であったようだ。……そりゃ、食するに耐えない代物が出来上がったのも道理である。
余談ながら、ノンヒュームたちの間でも赤豆の渋みは知られており、それを逆手に取って渋みをアクセントに使う、謂わば薬味風の使い方が知られていたりする。
ついでに言うと、この商人がぼやいていた〝芯が残って固い〟というのは――恐らく軟らかく戻そうとして、長時間水に漬けていたせいであろう。
地球の小豆の場合だと、長時間水に漬けておくと、冷たい水を吸水したせいで湯が内部まで浸透しない事がある。また、渋抜きの時に湯から取り出すのが早過ぎても、充分に熱が通らずに芯が残る事がある。そのため小豆を煮る時は、沸騰した湯に小豆を入れて、再び沸騰したのを見計らって茹で溢すのであるが……恐らくこの商人は、その辺りのタイミングも見損なったのであろう。
その結果――
「……まぁ……ノンヒュームが何か未知の赤豆を持っているか、或いは未知の技術を使っている事が確実になった訳だから、無駄ではなかったと言えるだろう」
――と、ザイフェル老から呆れたような口調でお褒めの言葉を貰えたのであった。
微妙なものとなった空気を振り払うかのように、商人の一人が話題転換を図る。
「しかし……この『ラップケーキ』というのはいいな。中に入っている『アン』のせいか冷めにくく、温かいままを食べる事ができる」
「あぁ、確かに」
温かい菓子というものが無い訳ではないが、こうして手軽に持ち歩いて食べられるというのは――
「いや、それを言えば『ホットサンド』や『ベイクドフルーツ』もそうなんだが」
「寧ろ、それらの昨年の売れ行きに鑑みて、『ラップケーキ』を売り出したのではないか?」
「あぁ、そうかもしれんな」
――と、一頻り談論が進んだところで、
「……この『ラップケーキ』、具を変えたものを売り出す事はできるんじゃないか?」
……などという指摘が飛び出すあたり、さすがに沿岸国の商人だけの事はある。
「それはできるだろう。……と言うか、既にノンヒュームたちの間では知られているのではないか? 人手を考えて出さなかっただけで」
「……多分、そうだろうな」
思わず全員が露店の方を見遣るが……そこは相変わらず黒山の人集りに覆われている。……再度あそこへ吶喊するのが躊躇われるほどに。
「……今から手を着けても、後手に廻るか」
「具の開発だって、一朝一夕にはいかんだろうからな」
「それ以前にだ、ノンヒュームの二番煎じと誹られるだけならまだしも、ノンヒュームたちの機嫌を損ねる虞もあるぞ?」
「そうだな……」
「それに……この、赤豆の『アン』の衝撃が大き過ぎただろう。味の方向性はともかくとして、これを上回るようなものは、そうそう作れんぞ?」
「うむ……」
「確かに……」
「どちらかと言うと……〝温かく、手軽に食べ歩きできる菓子〟というコンセプトの方が重要ではないのか?」
「それは……」
「そうかもしれんが……」




