第二百五十章 新年祭(三日目) 2.リーロット~ヤシュリクより来たりし者~(その2)
「広場を拡張したのは、多分だが祭の出店対策だろうな」
「昨年の混雑振りに鑑みれば……恐らく」
となると、件の「馬車駐め場」は――
「宿の建設が間に合わなかったのか?」
「いや……寧ろ意図的にこうしたのだろう。この町がここまで混雑するのは、恐らくは年に二回のみ。その時だけのために宿を増やすというのは……」
「……成る程。維持管理の手間と経費を考えたら、多少は不便でもこちらの方が良いか」
「施設の償還費用がかからないから、利用料金はほとんど只みたいなものだろう。敢えてこちらを選ぶ者も少なくないだろうな」
「実態は単なる広場に過ぎんから、後からの増築増設にも対応できる――か」
「水場と煮炊き場はある訳だから、素泊まり程度の木賃宿を建てる選択肢もあるしな」
自分たちは幸いにして、イスラファン商業ギルドの視察という名目で、リーロット商業ギルドの建物――これも拡張・増築されている――に部屋を取る事ができた。しかし、こういう状況であると知っていたら、敢えて馬車を仕立ててやって来るという選択肢もあったのではないか?
「まぁ、たらればを言っても仕方がない。さっさと目当ての店に行くぞ」
「そうだな。ヴァザーリで思ったより時間を取られたのが痛かった」
「まぁ、あれは仕方あるまい」
ギルドの正式な視察という体裁を取ったために、立場上ヴァザーリを素通りする訳にはいかなかったのであるが……このところ凋落著しいヴァザーリの商人たちにしてみれば、隣国イスラファン屈指の商都であるヤシュリク商業ギルドのご一行様を、素通りさせるなど以ての外である。歓待という名の足止めを喰らい、ヴァザーリの窮状を切々と訴えられたのであるが、
「ノンヒュームと敵対したのが、寂れた原因だからなぁ。或る意味で自業自得と言うか」
「ノンヒュームとの関係回復など、控えめに言っても絶望的だろう」
「で、ある以上、ノンヒュームに拠らない付加価値を育てるしか無い訳だが……」
奴隷交易というドル箱産業は失ったものの、元々ヴァザーリはイスラファンやテオドラムからの商流の結節点であり、本来ならここまで寂れる筈は無かった。それが斯くも哀れに閑古鳥が鳴いているのは、これ偏に〝ヴァザーリはノンヒュームの怒りを買った〟という風評――と言うか、事実――が巷間に流布しているせいである。今や近隣諸国の垂涎の的であるノンヒューム製品、それらを一手に供給しているノンヒュームの不興を買ってまで、ヴァザーリを利用しようと言う商人はいないのであった。
「……手を結ぶ相手として可能性があるとすれば、同じようにノンヒュームと対立しているテオドラムかヤルタ教だろうが……」
「ヤルタ教は抑、ノンヒュームの怒りを買った奴隷交易の旗振り役だ。ヴァザーリ凋落の原因として、住民から総スカンを喰らったというぞ?」
「消去法でテオドラムという事になった訳か……」
既にシャノアたち精霊が訊き込んできたように、奴隷交易に代わる産業が欲しいヴァザーリにテオドラムが接近して、手を組んでエールの改良に乗り出している。ホップの代わりにハーブの風味を強く利かせた、クロウならグルートビールと呼ぶであろうタイプであった。まだ試作の段階という事で大っぴらにはされていないが、イスラファン商業ギルドの一行は、その試飲に招かれたのである。
「敢えてビールとの差別化を図る方針のようだが……」
「売れるかどうかと訊かれてもなぁ」
「ビールとの差別化によって生き残りを図るエール醸造家は、イラストリア国内でも少なくないと聞くからなぁ」
「うむ、却ってそっちに埋没する可能性はある」
「ただ……テオドラムがそれに一枚噛んでいるとなると……」
「先の展開はちと読めんな」
――とまぁ、そういった次第で予定より長くヴァザーリに引き留められたため、肝心のリーロット到着が遅れたのである。
「……ぼやいていても仕方がない。さっさと目的の露店を探すぞ」
「あぁ。幸か不幸かノンヒュームの店は、周辺より頭一つか二つ抜きん出た混雑に見舞われている筈だからな。見つけ出すのは容易な筈だ」




