第二百五十章 新年祭(三日目) 1.リーロット~ヤシュリクより来たりし者~(その1)
「これは――!」
半年ぶりに訪れたリーロットの町で驚きに目を瞠っているのは、ラージンを初めとするヤシュリクの商人たち。昨年の五月祭でリーロットを訪れた面々である。その時もノンヒュームたちの出店には、はっきり言えばその混雑振りには驚かされたのだが、今回彼らを仰天させたのはそれではなくて、
「……一体何があったというのだ」
「半年の間にこうも様変わりするとは……」
彼らがリーロットを訪れたのは去年の五月祭。
その時のノンヒューム出店の混雑振りに――店員として客を捌いたノンヒュームたちほどではないにせよ――振り回されたリーロット当局は、これは今のうちに町割りそのものを見直した方が良いとの結論に達する。
元々このリーロットの町は、古くからハイラント高原への乗り換えおよび荷物の積み換えの宿場として栄えてきたが、今のように繁栄し始めたのはここ数年の事。言い換えると、ノンヒュームの怒りを買って凋落したヴァザーリに代わって、行き場を失った商人たちの受け皿となってからの事である。
爾来、新たな交通と物流の拠点となるべく整備開発が進められていた訳なのだが……そこへ青天の霹靂宜しく乱入したのがノンヒュームたち――とクロウ――なのであった。
この国でビールという新たな酒――もはやあれはエールとは別物だ――を販売するに当たって、その舞台に選ばれたのがバンクスとサウランド、そして、他ならぬここリーロットであったのだ。
抑これらの町が選ばれたのは、テオドラムのエールおよび砂糖産業に対して嫌がらせを仕掛けるという謀略的な視点に拠るものである。本来ならリーロットではなくヴァザーリが選ばれて然るべきであったのだが……生憎とそのヴァザーリは、奴隷交易に対して反攻の狼煙を上げたノンヒュームたちの襲撃によって、見るも哀れに落ちぶれている。それでなくとも胸糞悪いヴァザーリに、ビールと砂糖を提供してやるなど、ノンヒュームたちの心情的にもできる訳が無い。
という事で、ヴァザーリに対する当てつけのように――〝ように〟ではなく、実際に当て付けの底意もあって――リーロットの町で砂糖とビールのお披露目という次第に相成ったのである。
――その影響は、控えめに言っても甚だしいものであった。
その時の五月祭だけでなく、それ以降もノンヒュームたちがリーロットを恰好の売り場と定めた事で、当初想定していた収容力はあっさりと突破――町当局の心情的には、「突破」と言うより「撃破」――される事になる。そこまで混雑するのは年に二回、はっきり言ってしまえば五月祭と新年祭の時だけとは言え、最大の稼ぎ時であるその時に、訪問客に不便・不如意を強いるのは、通商都市として如何なものか……という反省から、リーロットの町の都市計画が見直される事になった。万事の大元である出店の場、広場自体を広げてしまえという大英断に至ったのである。
話はそれだけに留まらなかった。リーロットの町を整備するに当たっては、平素――ぶっちゃけて言えば新年祭と五月祭以外の時期――にも旅人たちを呼び込み、その足を停めさせるのが重要であると考えられた。店舗を増やして繁盛させるという定番の案が出された他に、居住環境の改善も急務であるとの意見も出されたのである。
道路や水場の整備は当然として、それ以外に何か手は無いかと頭を悩ませていたリーロット当局――リーロット開発振興局なる部局が特別に設置されていた――が、丁度その頃に近くで緑化活動を進めていた「緑の標」修道会に目を留めて、そのせいでクロウたちが振り回された件については既に述べたところである。
些か前置きが長くなったが……要するにその整備計画のせいで、半年前に訪れた時とは町並みからして変わっており、それにラージンたちが驚かされた――というのが、冒頭の情景なのであった。
「……そこまで変わっておるのか?」
――という問いを発したのは、もはや拱手傍観していられる段階ではないとして、自らリーロットを訪れたザイフェル老である。そして、その問いに答える任を負わされたのは、昨年の五月祭にリーロットを訪れた者たちであった。
「……昨年とは町並みが一変しています。……とは言え、主に変わっているのは広場が拡張された事と……」
「あの『馬車駐め場』でしょうな」
「いや……それだけではないな。見れば木立や花壇の類も、その『馬車駐め場』をはじめ随所にあるようだ」
「……成る程。今はともかく真夏になれば、炎天下に駐めている馬車の中は……」
「あぁ、酷い事になる筈だ。……木蔭が無かった場合には――な」
「見れば水場や煮炊き場もあちこちにあるようだし……これは、行き当たりばったりの間に合わせで拵えたものではないな」
「ついでに言うと、植えられている木はほぼ全てが落葉樹だ。夏には葉を茂らせて木蔭を作る一方で、冬には葉を落として陽射しを確保する……中々どうして、能く考えられているものだ」
イスラファン商業ギルドの一行は、う~んと唸るばかりであった。




