第二百四十九章 新年祭(二日目) 10.バンクス迎賓館~カールシン卿~
その夜、迎賓館の自室でカールシン卿は、綿菓子を買いに並ばせたニコフからの報告を聴いていた。
「戻って来るのに少し時間がかかっていたようだが?」
同じ頃に同じくらいの行列に並んだ筈が、カールシン卿たちがラップケーキを買い終えてもニコフたちの別動班は戻って来ず、暫く迷姫嬢と雑談を交わして時間を潰す羽目になったのだ。まぁ、それはそれで色々と面白い話を聞けたので、時間を無駄に費やしたとは言えないのだが。
「相済みません。ワタガシの製造過程に目を奪われておりましたもので」
「ふむ?」
先程ニコフがマジックバッグ――カールシン卿と同じく時間停滞機能付き――から取り出したワタガシは、確かに奇態な……と言うか、何とも形容しかねるような代物であった。〝綿のような甘い菓子で、口に入れると甘味だけを残して消える〟――と、嘗てイスラファン商業ギルドの密偵が評した事があるそのままの味わいが、カールシン卿とニコフの口中に広がったのである。
その別格な味わいは素より、綿のような雲のような外見から考えても、その製法が月並みでないのはカールシン卿にも予期できていた。ニコフがそれを見極めるのに時間がかかったという事は、その製法が異質であった事の証左であろう。
「いえ……申し訳ありませんが、〝見極めた〟というにはほど遠い状態で」
「ふむ? それ程までに面妖な作り方をしていたのか?」
カールシン卿が実見したラップケーキの方は、金型など面白い部分は確かにあったが、少なくとも納得の出来る作り方をしていた。ワタガシの方は違っていたのか?
「それが……どうやら魔道具で作っているようでして……」
「――魔道具!?」
……予想もしていない答であった。たかが子供相手の菓子を作るのに、ノンヒュームは魔道具まで持ち出したというのか?
「いえ……それを言えば、『ビール』を冷やして供するのにも、何らかの魔道具を使ったという話でしたから」
「そう言えば……そんな話もあったな……」
「何しろエルフやドワーフが関わっている訳ですから、魔道具の活用ぐらいはあって然るべきかと」
「う~む……」
予想外の話にはなってきたが、とりあえず今はニコフの報告を聞くとしよう。時間がかかっているからには、ワタガシの製作過程も具に見分している筈だ。
そう思ってニコフの話を聴いたカールシン卿であったのだが……
「……皿の中に少しずつ湧いて出た?」
「はぁ……どうにもそうとしか言いようの無い有様でして……」
「う~む……」
まさか魔道具なんて代物が出て来るとは思わないから、何の用意もしていなかった。魔力の流れを視る事のできる魔道具でも持たせていれば――と、悔やんでみても後の祭りである。いや、ワタガシの実演販売に立ち会う機会はまだあるだろうが、肝心の〝魔力の流れを視る事のできる魔道具〟の方が用意できないし……
「……下手に詮索するような真似をしては、ノンヒュームの機嫌を損ねる可能性もあるか」
「自分もそう考えます」
「……確かワタガシは五月祭でも供された筈だな?」
「そう聞き及んでおります」
「……なら、今回は報告だけ上げるに留めよう。ワタガシの秘密を曝く必要があるのなら、それはこの後にやって来るであろう亡者どもがやればいい事だ」
火中の栗は拾わないと宣言したカールシン卿であったが、それでも最低限の事はやっておく必要がある。なので、高精度鑑定を可能にする魔道具を持ち出して、ニコフが買い求めてきたワタガシを調べてみたのだが……
「……ほぼ純粋な砂糖である――と出たな……」
「……砂糖だけなんですか? 本当に?」
鑑定結果に納得がいかなかったのはカールシン卿も同じだったので、魔道具の設定を変えて何度か鑑定し直してみたのだが、魔道具は頑固に砂糖だと主張するばかり。
「……ただの砂糖をどうすれば、こんな代物に化けさせる事ができるのでしょうか……?」
「それは判らんが……味わい自体は確かに砂糖のものだったな」
「はぁ……」
砂糖以外の材料が検出されなかったのも不可解であるが、
「……魔力の残渣も検出されていないな」
「魔法を使わずに作ったという事ですか?」
「少なくとも、魔力残渣が残るような作り方はしていない……という事だろうな」
ニコフが見たという製作過程から判断すると、製造機器そのものは魔道具である可能性が高い。にも拘わらず、製品であるワタガシに魔力の痕跡が残っていないというのはどういう事か。
カールシン卿とニコフの二人は、揃って頭を抱えるしか無いのであった。
拙作「転生者は世間知らず」、発売中……の筈です。




