第二百四十九章 新年祭(二日目) 9.バンクス~カールシン卿~(その2)
そんな軽口を叩きながら、行列が前に進むにつれて粛々と移動していた二人であったが、
「あれは……」
「どうかしたのかね……って……あれは確か……」
二人の視線の赴く先を見れば、ラップケーキの型に手早く生地と餡を流し込み、金型で挟んで焼く――その手際に見蕩れている少女が一人。
「……モローの町以来だね」
「そうですね……」
――そう。そこにいたのは誰あろう、例によって例の如くと言うか、はたまた案の定と言うか、壁抜け男も脱獄王もそこのけの手並みでパートリッジ邸を抜け出して来た、あの迷姫リスベット嬢であった。
・・・・・・・・
「美味しい~♪」
「それは何より」
あの後バッタリ目が合ったリスベット嬢の、何かを訴えるかのように――ボリスが買い求めた五個の――ラップケーキにロックオンされた視線に抗う事ができず、結局はニコフとジャンスを交えた五人での、ラップケーキの試食会と相成ったのであった。
ちなみにリスベット嬢は、平素から財布を持ち歩かない――財布を持つのはお供の役目――習慣が仇となって、ラップケーキを買う事ができなかったのだという。
まぁそれでも、製作過程を眺めているだけで充分楽しかったそうだが。
そして――
(「どうします?)
(「どうするもこうするも……」)
カールシン卿とボリスは、声を低めてこの後の事を相談する。
(「この子を連れて行列に並ぶなど、新たな面倒を呼び込むだけだろう」)
(「ですよねぇ……」)
――という事で、本日の予定は変更。リスベット嬢を保護者の許へ連れて行こう事に話が纏まった。
そこで当の迷姫リスベット嬢に、現在の滞在先――恐らくバンクスであろうとは思うが、彼女の赫々たる戦果に鑑みれば、どこか他の都市という事もあり得る――を訊ねたところ、
「パートリッジ卿……?」
「あぁ、ここバンクスに長く居を構える、マナステラの貴族ですよ」
「ほぉ……そのマナステラの貴族が、なぜまたこの町に?」
「あれですよ。今話題になっているシャルドの古代遺跡、あそこを最初に発掘したのがパートリッジ卿だったとか」
「ほほぅ?」
中々に面白そうなネタを訊き込んで、内心で北叟笑むカールシン卿。何やら裏のありそうな話ではないか。そんな有為の人材――註.カールシン卿視点で、〝モルファンにとって役立ちそうな人材〟の意――との繋がりをもたらしてくれるとは、このお嬢さんは正しく自分にとっての〝幸運の女神〟なのではないか? 前回はマナステラ貴族だという彼女の両親と、悪くない立場で面識を持てたし。……今度会ったらまた何か菓子でも奢ってやろう。絶対にまたどこかで会いそうな気がするし。
――などと、心中で大概な思案を巡らせていたカールシン卿であったが、どうやら運命の神の恩恵も、この日は打ち止めであったらしい。
パートリッジ卿とは首尾好く面識を持てたし、既にイラストリアで紹介されていたマーベリック卿とも改めて挨拶できた。カールシン卿としては上々の首尾だと思っていたが……この日最大級の大物であるクロウは僅差で邂逅の魔手から逃れており、出会う事は叶わなかったのであった。




