第二百四十九章 新年祭(二日目) 8.バンクス~カールシン卿~(その1)
クロウたちは長蛇の行列に並ぶ事無く目的を達したが、そうはいかない者も当然いる。例えば、今まさに行列に並んでいるカールシン卿とボリスたちのように。
「付き合わせてすまないね、ボリス君」
「いえ、それは構いませんが……卿ご自身で並ぶ必要がおありだったので?」
「国を出る前に上からの指示があったのでね。ノンヒュームが売りに出しているものは、可能な限り買い求めよ――とね」
「ははぁ……」
モルファンは押しも押されもせぬ大国であったが、今回ばかりはその大国ぶりが裏目に出ていた。すなわち、憖にモルファン王都とイラストリアとの距離が遠いばかりに、輸入されたノンヒューム製品のほぼ全てが、王都に届く前に買い漁られてしまうのである。
その結果、モルファン王国中央に座す有力者はノンヒューム製品を見る機会すら無いというのに、南の僻地にいる者は――貴族だろうが庶民だろうが――それらを得る機会に恵まれるという、或る意味では本末転倒した事態が発生する。王国中枢の切歯扼腕は如何ばかりか。
……というような話をカールシン卿から聞かされたボリスとしては、もう笑い――苦笑とか憫笑とか――を浮かべるしか無いが、中央にいる者たちにとっては笑い事ではないらしい。
せめて実物がある程度の数あれば、自分たちで作れるかどうかの検討に回す事もできるのだろうが、現状では絶対的に数が不足している。過去にモルファンの特使が持ち帰ったものなど、焼け石に水を注ぐ程度のものであったらしい。
「恐らくだが、王女殿下の留学に引っ付いて来る者の何割かは、ノンヒューム製品を買い求めて持ち帰る任務を与えられているのだと思う」
「はぁ……」
「しかしながら、この新年祭のように特別な場でしか提供されないものは、買い求める機会自体が限られる訳だ」
「あぁ……新年祭と五月祭では、陽気とかも違ってきますしね」
「そういう事だ」
なのでカールシン卿たちは、そういった季節限定メニューを購入して保管しておくために、国から態々マジックバッグを、それも容量が大きく時間停滞機能付きのものを貸与されているという。
その執念には頭が下がるが、惜しむらくはノンヒュームの方が一枚上手であった。
「まさか、一人当たりの購入個数に制限があるとはね……」
「並び直して買う事までは禁止していないようですが……」
買い占めを避けるため、一人当たりの購入個数には制限が設けられていた。彼らが現在並んでいるラップケーキの購入制限は、前の方から漏れ聞こえてきた噂によると五個までらしい。
「ま、上の方には一度に五個までしか買えなかったと言っておくさ」
その実は、ボリスとジャンス――ジャンスは別の行列に並んでいる――の協力によって、一度に十個まで購入できるのであるが、
「そりゃあ、ボリス君やジャンス君が並んで買ったものを、高飛車に取り上げるような真似ができるものかね」
「代金は出して戴けると聞きましたが?」
「それとこれとは別だよ。君らだってお預けを食わされるのは業腹だろう?」
「まぁ、否定はしませんが」
どうやらカールシン卿、本国には五個までしか買えなかったと報告して、残る五個は自分たちで消費しようという肚らしい。無論ボリスに否やは無い。
「本国の馬鹿どもは煩く囀るかもしれんが、一行列に二百人以上が並んでいて、しかもそれが途切れる事は無かったのだと言えば黙るだろうさ」
「おまけに売り場が幾つかに分かれていますしね」
購買客が一カ所に殺到するのを阻止するためだろう。特に集客力の大きそうな実演販売、具体的には綿菓子・善哉・ラップケーキの三つ、それに過去の経験に鑑みたホットサンドは、それぞれ別の売り場を設けて対応していた。
売り物のラインナップはそれだけではないし、抑の話、喫茶店ではホットドリンク、酒場ではホットエールなどを供しているのだ。それらを遍く網羅しようと思えば、一日で収まらないのは当然であった。
畢竟、購入のための労力は幾つかに分配せざるを得ず、それはつまり、同じものを何度も並び直して購入するのが難しい――という結論に至るのであった。
――少なくとも、本国に提出する報告書の中においては。
「正に〝兵は要領を以て旨とすべし〟ですね」
「外交官も同じだよ」




