第二百四十九章 新年祭(二日目) 7.バンクス~再びクロウたち~(その4)
「並んでいる時に気付いたんだが、食べ終わってから並び直しているやつらが結構いたな」
「もう少し大きめのサイズで作ってもよかったんじゃないか?」
――という講評を、ノリスとゼムから貰っていた。のみならず、
「恐らくは数を揃えようとしてのこのサイズなのだろうが……結局は同じ事になっているようだね」
「買う側からすれば、単に手間が増えただけに終わったな」
マーベリック卿とルパからは、そんな評価も貰っていた。どうやらラップケーキは――と言うか小豆餡の味わいは、あっさりとこの国に受け容れられたようだ。……まぁ、試食したノンヒュームたちが揃って太鼓判を押していた以上、外れる理由が無かったとも言えるが。
「クロウ、これは中に入れる……アンだったか? それは他の種類に変える事もできるんじゃないか?」
「何で俺に訊く……まぁ、理屈から言えばできるだろうし、ノンヒュームたちもそれは知ってるだろう。今回小豆……赤豆の餡だけにしたのは、買い手側の反応が判らなかったのと、何より手間を省くためじゃないか?」
クロウの回答を聞いて、揃って人混みに……いや、黒山の人集りに目を遣る一同。
「まぁなぁ……種類なんか増やした日にゃ、あの人混みが二倍三倍になるだけだろうからなぁ」
「売り場を拡張して売り子も増やしたみたいだが……それでもギリギリみたいだったからなぁ……」
連絡会議が余裕を持って打ち出した筈の店員増加策は、店員たちの消耗を抑えるだけに留まり、余裕を確保するまでには至らなかったようだ。これで餡の種類を増やしたりなどしていたらどうなったか……
その意味では対応が間に合ったとも言えるし、或いはまた、店員の増加によって受け取れる筈だった余裕を、ラップケーキの新規販売が喰い潰してしまったとも言える。
ノンヒュームたちへの感興と同情はそれとして、新規販売のラップケーキに無事ありついたルパは、甚く満足の様子であった。何か礼をしたいが――と切り出すルパに、ノリスとゼムの二人が〝それならば〟と怖ず怖ず口にしたのが、
「僕の本に?」
「はぁ、できれば著者の……爵子のサインを入れて戴ければ――と」
ルパの本はこれで結構有名らしい。クロウの挿絵がそれを後押ししているのは確かだろうが、何よりも能く見かける虫の知られざる生態を生き生きと描いているという事が、好評を博した理由らしい。簡潔平明な文体も好意的に評価されているようだが、実はその影にはクロウ――と言うか、本職は作家の烏丸良志の――スパルタ指導があったりするのだが、それはここだけの話である。
まぁそれはそれとして、本にとは言え貴族のサインなど、気軽に強請るものではないと思えるが……実は著作物などに作者としてサインする場合には――少なくともこの国では――その限りではなかった。抑の話、求められているのはペンネームなのだから、何も本名を晒す必要は無いのである。また、ルパのように本名で出版している場合も、
「『ルーパート.H』――と、これでいいのかい?」
「「ありがとうございました」」
腰のポシェット――風のマジックバッグ――から自著を取り出すと、サラサラとサインをして二人に渡すルパ。何でも、こういう風に本を強請られる事が何度か続いたので、以来何冊かをマジックバッグに入れて持ち歩いているのだという。
――少しだけルパが羨ましくなったクロウであった。




