第二百四十九章 新年祭(二日目) 6.バンクス~再びクロウたち~(その3)
ルパを皮切りに、ノリスにゼム、果てはマーベリック卿にまで異議を呈されては、さすがのクロウも凹まざるを得ない。ルパなどは最初から〝絵の巧い薬師〟と誤解していたようだし。
憮然とした表情のクロウを見て、これは拙いと思ったのか、ノリスとゼムが然り気無く話題転換を図る。
「そう言えば、さっきは何か話し込んでいたみたいだが?」
文句を垂れまくるルパを宥める行為をして〝話し込む〟と言っていいのだろうか……という疑問も心中密かに湧いたのだが、クロウがその疑念と折り合いを付ける前に、
「いや、ノンヒュームたちが出したという新作菓子、あれを手に入れたいと思っていたんだが……」
「あんな人混みの中に突っ込んで行けるか。行列が敷地内に収まりきれず、九十九折りに折れ曲がっていたじゃねぇか」
未練がましいルパ、断じて拒否の構えのクロウ、その二人を飄然と眺めているマーベリック卿という三人組を見て、ノリスとゼムは何やら目を合わせていたが、
「ホルベック爵子、宜しければこちらをお試し下さい」
――そう言って二人が差し出したのは、ルパがあれ程焦がれていた「ラップケーキ」ではないか。出来たてを買ったばかりだとみえて、まだホカホカと湯気を立てている。
「い、いいのか!?」
「はい、どうぞお納め下さい」
「おぃおぃ、そっちだって折角並んで買ったんだろうに……貰っちまっていいのか?」
「あぁ。俺たちはまた並び直せばいいが、そちら様はそう気軽には並べないだろう?」
どうやら貴族という立場を忖度してくれたようだ。
「……すまんな。この礼はきちんとさせてもらう――ルパが」
「僕か!? いや、勿論謝礼はさせてもらうが……」
無論の事、謝礼をするに吝かではないが、それをクロウに――当たり前のような顔で――言われるのはどうなのか。内心で軽い屈託を覚えているルパであったが、それを表情に出すような不作法な真似はしない。これでも貴族家の一員だし、ポーカーフェイスと顔芸は貴族の基本技能である。
二人の厚意にどう報いれば……と思案を巡らせていたルパであったが、
「折角のご馳走だ。冷めないうちに戴こうぜ」
クロウの声にその思索を破られてふと見れば、目の前にはホカホカと温かそうな湯気を立てているラップケーキ。折角の厚意なのに食べ頃を外しては申し訳無い。
「「「「「ご馳走になりまーす」」」」」
――との掛け声も揃って、一同ラップケーキに手を伸ばしたのであった。
(ふむ……今川焼きより一回り……いや、二回り程小さいか。ま、知名度が低い事や小豆餡がそこまで普及していない事を考えれば、こんなもんかもしれんな)
昨年から売りに出した善哉で大分知名度は上がってきたとは言え、小豆餡というのはこの国では新奇……と言うより寧ろ異端に属する。それが大きいサイズとなると、手を伸ばすのを躊躇う者もいるだろうと、ノンヒューム連絡会議は二回りほど小振りなサイズで作製する事を決めた。
このサイズになったのはもう一つ理由があって、恐らくは数を出す必要になるだろうから、餡と生地を節約できるサイズにしたという事もある。
そんな理由からこのサイズになったのが良かったのか悪かったのか、行列は今も途切れる事無く続いていて……
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