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第三十五章 博物学者 4.作画とその準備

展足の方法についてはネットで調べました。作者はやった事がありません。というか、乾燥標本を作製した事がありません。

 生態画を描くための情報を揃えておけと命令してから五日後、ルパのやつから連絡があったのでやつの自宅に出向いた。天井裏から物置までひっくり返して当時のメモ類を探し出し、必要な情報を(まと)めたらしい。貴族の()()んにしちゃぁ素直だ。上下関係さえしっかりと(わきま)えさせれば、付き合うのも難しくなさそうだな。あ、もちろん俺が上ね。


 出(そろ)った情報を整理して、作画に充分な情報のあるものを選び出していく。ルパの希望していた種類が情報不足で作画が難しかったので、一部を別の種類に差し替えた。文句を言うくらいなら当時の自分を恨めと言ってやったら、(くや)しそうな顔つきではあったが納得していた。

 工房とのタイムスケジュールの調整で更に描ける挿絵の数が減り、ルパのやつはすっかり落ち込んでいた。工房の職人が次の本を出す時に()せればいいと言ったら、ようやく気分が上向いたようだ。いや、その挿絵も俺に描けってのか?


 結局、最終的に描く事になった挿絵は五枚、甲虫が四枚にカメムシが一枚だ。と言うか、ルパよ、お前カメムシとコガネムシの違い解ってるか? 不安になったので本の内容を問い(ただ)したが、幸いに分類に踏み込んだ記述は無いようだ。一応、俺が担当する箇所について説明させたが、カメムシをコガネムシの仲間と誤認していた以外にボロが出そうな所は無いようだ。そもそもカメムシというグループについての認識を持たないようなので、口器の構造を見せて説明する。カメムシの口器は針状だろ? お前、学者とか言いながら、この程度の事も知らんのか? こいつを選んだのは間違いだったかも知れん。


 残り四枚が甲虫類だが、その内訳はコガネムシ・ハナムグリ・クワガタムシが一枚ずつ、そしてシデムシが一枚だった。コガネムシ・ハナムグ・クワガタムシはそれぞれ葉・花・幹に止まっているシーンを描けばいいとして、問題なのはシデムシだ。シデムシは「死出虫」と書くくらいで屍体を食べる昆虫だ。どんなシーンをご所望だと聞いたら、タヌキの屍体に集まっていたと言う。いや、お前、タヌキの屍体をどうすんだ? そんな物、(そら)で描けるわけ無いだろうが。

 図書館で参考になる絵を探してくるか、自分でタヌキを殺してこいと言ったら、泣きそうな顔で図書館には心当たりの本が無いと言う。あそこの本は粗方(あらかた)読んだので確かだと胸を張ったのは良いんだが、じゃあどうすんだと()くと答えない。自分でタヌキを殺して来いと言って、火掻(ひか)き棒を手渡してドアの方を指差したら、青くなってブルブル震えるばかり。仕方がないので、単に地面にいるだけの構図に変えてお茶を濁す。読者もタヌキの屍体なんか、たとえ絵でも見たくないだろうから丁度いい。


 大まかな構図の打ち合わせが終わり、昆虫を配する草花の資料も(そろ)ったので、いよいよ昆虫の準備に入る。手足を(たた)んだ状態で固まっているため、このままではスケッチに使えない。固くなった筋肉を軟化させて、脚が動かせる状態に戻す必要がある。沸騰した湯を持ってこさせて、標本をその中に浸したところで、ルパの阿呆が騒ぎ出した。頭を(はた)いて黙らせようとしたが、今の俺がそれをやると頭蓋骨が陥没しかねない。軽くアイアンクローを()める程度にして、素人(しろうと)は黙って見ていろと、軽く凄んで言ってきかせる。ちらりとルパの背後を(うかが)うと、メイドさんが我が意を得たりと言う感じで(うなず)いていた。あぁ、この馬鹿いつもこんな感じか。あのメイドさんとは友達付き合いできそうだ。

 思ったよりも虫体が固くなっている。軟化には時間がかかりそうだ。このまま置いておくように厳命してこの日は退去する。去り際に、展足用の有頭昆虫針――は無いだろうから長目の待ち針を、多数準備しておくようメイドさんに頼んでおいた。


 翌日、良い感じで標本が軟化していたので、いよいよ展足作業に入る。水気を()き取り、筆でそっと汚れを落として、展足板の上で脚を伸ばしてゆく。

 最初は胸部と腹部の隙間に針を打ち、両側から挟むようにして展足板に固定する。今回は虫体を突き刺す事はしない。俺の流儀というのもあるが、虫体に対して針が少々短いのだ。もう少し長目の針だとよかったんだが。

 展足板に固定し終わったら、脚の位置を整える。今回はいわゆる標本のポーズでなく、生きている時の自然な姿勢をとらせる必要がある。ルパの記憶と照らし合わせながらポーズを決める。ポーズが決まったら展足板に針を打ち、脚を引っかけるようにして固定しておく。この時、決して脚に針を刺したりはしない。固定が(はず)れないように、脚一本につき四本以上の針を使ってポーズを固定する。

 胴体がべったりと地面についているとおかしいので、腹部の下に横から斜めに針を打って、腹部を持ち上げるようにして固定する。脚が腹部を支えているように見えるポジションで、脚の位置がずれないよう注意して。

 最後に、触角の形と位置を整えて終わりだ。


 このまま乾燥させるわけだが、乾燥剤なんて便利な物は無いだろうし、完全な乾燥には多分二週間以上かかるだろう。その間何かがぶつかるとか、カラスやネコに悪さされる事のないような場所に置けと言ったら、ルパのやつ鳥籠を持ち出してきた。馬鹿なりに知恵は回るんだな、こいつ。展足した標本を鳥籠に仕舞ったら――見かけはかなりアレな感じだが――乾燥には都合が良さそうだ。(ほこり)の立たない場所に布でも掛けて吊しておくように言って、この日の作業を終える。


 まだ、作画には全然手を付けていない。期日に間に合うのか不安になるが、その時頭を下げるのは俺じゃないと思い直して退去した。



・・・・・・・・



 二十日ほど経って標本の乾燥も終わり――間に合うかどうか不安だったので、こっそり錬金術を使って乾燥を早めたのはここだけの話だ――良い具合に仕上がったのを確認してから丁寧に待ち針を抜いていく。展足済みの標本を見たルパのはしゃぎっぷりが半端じゃない。まぁ、その気持ちは理解できるけどな。作製手順をお(さら)いしてくれと五月蠅(うるさ)いので、作画が終わってからだと言って黙らせた。


 最終的な構図の打ち合わせが終わったら、後は俺の仕事だ。資料を脇にして標本を眺め、頭の中で生きていた頃の様子を思い浮かべながら、イメージを紙の上に落としていく。……気がつくと、部屋が暗くなっていた。関節がばりばりに強張(こわば)っていたので、う~んと伸びをして本日の作業を終える。続きは明日だ。


 標本作製にかなり時間を取られたので、作画の方は大急ぎでやった。手を抜くわけにはいかんから、早朝にルパの家を訪れ――ルパのやつは大抵はまだ寝ていたが、メイドさんたちが起きていてくれたので不自由はない。むしろルパがいるとうるさいだけだ――夜、暗くなるまで作業を続けた。そんなブラック勤務を十日ほど続けて、どうにか五枚の原画が仕上がった。よくやったよ、俺。


 ルパからは挿絵の制作費として金貨五枚、標本作製の手間賃と拘束料および授業料として金貨五枚、合わせて金貨十枚の報酬を貰った。日本円に直して挿絵一枚十万円か……。確かに大金なんだろうが、拘束時間が長かったし、ドラゴンの革やナイフの値段と較べたら微妙だな。何かと手間がかかったしなぁ。



 ……今、思いついたんだが、標本にした段階でデジカメで写真撮って、パソコンの画像ソフトで加工したら早かったんじゃ……。馬鹿正直に、何手描きしてたんだか……。


 うわぁ……と腰が砕けそうになるが、うちの子たちに心配かけるわけにはいかないからな。耐えたよ、俺。

明日は新章に入ります。

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[良い点] もふもふではない小さい仲間と、ぶっ壊れ能力のダンジョンマスターが、地球と異世界を行来して色々やらかしちゃうのが面白くて、一気読み中です♪ 昆虫の標本の作り方は、地元の自然史博物館のワーク…
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