第二百四十九章 新年祭(二日目) 4.バンクス~再びクロウたち~(その1)
ノンヒュームたちが用心しぃしぃ売りに出した「ラップケーキ」は、案の定暴虐的――註.売り子視点――な好評を博した。
必然的帰結として発生した人混みと行列を前にすると、ホルベック男爵家の爵子――長子でない貴族の子弟にこの国でつける敬称――たるルパとしても、そこへ吶喊して行くのは躊躇われるらしい。
ぐぬぬという表情で歯噛みしているルパに、ちらり目を遣ってクロウが問いかける。
「おぃルパ、使用人を並ばす事は考えなかったのか?」
「……断られた。それだけじゃなく、ミセス・マイヤー――ルパ宅の家政婦――からも釘を刺された……」
「お、おぉ……そうか」
身も蓋も無いルパの内幕話に、クロウも少しばかり引き気味である。やっぱりルパはルパだな――と納得する反面で、そういう内輪話をサラッと打ち明けてくれた事に、幾許かの感興を覚えもする。
なので、ついクロウも――
「冒険者にでも依頼を出して並ばせたらどうなんだ」
――などという余計な入れ知恵をしたのだが……
「ふっ……クロウ、僕がその手を考えなかったと思うか?」
妙にニヒルな応答が返って来たのには少し驚いた。こいつにこんな顔ができたのか。
そんなクロウの驚きを他所に、ルパが続けて言う事には、
「依頼を出しにギルドに行ったら、皆出払ってると言われたんだ」
「出払ってるって……おぃ、まさか……」
「……あぁ、お察しのとおり。依頼人の代わりに列に並ぶ仕事が殺到したらしい」
「……列の中にちらほらと、やたらガタイの良いのが混じってるのは、それかよ……」
随分と甘党の野郎どもが多いもんだと思っていたが……何割かは依頼を受けて代わりに並んでいる冒険者であったらしい。
「まぁ、とにかくあれだ。少なくとも初日の今日は、混雑はあのままで収まらんのじゃないか? 温和しく明日以降に賭けた方が良いと思うぞ」
傍から見ても妥当と思える提案なのだが、ルパとしては売り切れ品切れの懸念が拭いきれないようだ。嘗てマナダミアの新年祭でそうした事態が出来した事があり、ルパはその事を耳にしていたらしい。マナダミアではギリギリで代替の品を用意する事ができ、その代替品も大層な美味であったと聞くが……それとて今回の「新製品」に成り代わる事はできないだろう。仮にも貴族の末席を汚す者として、「新製品」を逃すような不面目に堪えられようか。
「いや、それは大丈夫なんじゃないか?」
「……クロウ?」
「だってな、聞いたところじゃノンヒュームの方も、今回は売り場を拡張して臨んでるって話じゃないか。売り物の方もそれ相応に用意してるだろ」
「う~ん……」
そう言われてみれば大丈夫そうな気がしないでもないが、それでも万一「新製品」を買い逃すような失態があれば……
うむむとルパが呻吟しているところへ、
「クロウじゃないか?」
声をかけてきた者がいた。
拙作「転生者は世間知らず」書籍版の書影が公開されました。ご関心がおありの向きは、当該作の「書籍化のお報せ」をご覧下さい。……ここに貼るのも場違いに思えますので。




