第二百四十九章 新年祭(二日目) 3.裏話~「ラップケーキ」縁起~(その2)
今川焼きに関わる最大の地雷原が、この名称問題である。クロウは便宜的に「今川焼き」と呼んでいるが、これには地方々々で様々な異称があり、ざっと数えただけでも五十を超える異名別称が知られている。その中のどれか一つを取り上げて異世界に持ち込むような真似は、クロウとしては辞退したい。第一、異世界では通じないような名前も多いのだ。
……ここはノンヒュームに丸投げするのが賢明では? 火中の栗を拾うのが、自分である必然性など無いではないか。
しかし、面倒を振られたホルンたちの側にも言い分というものがあった。
『はぁ……しかし、パンケーキの中に何かを包み込んで焼いた菓子というのは自分たちにも……恐らくはこの国でも初めてのものでありまして……』
前例類例の無い菓子だけに、何と呼んだらいいか解らないらしい。善哉や豆板と同じように、日本での呼称をそのまま使いたかったようだが、
(それもちょっと面倒な……と言うか、ややこしいところがあるんだよなぁ……)
今川焼きとそれに類するものを、〝餡を生地に包んで加熱調理したもの〟――と表現すれば、これは所謂「饅頭」の定義と重なる。しかしながらクロウの認識では、今川焼きや鯛焼きが饅頭かと問われると、これには首を捻らざるを得ない。
更にややこしい事に、「饅頭」には多種多様な種類がある。そしてその一方で、「今川焼き」には各地で様々な異称が存在する……
斯くの如く重層的にややこしい事情なので、今川焼き系の菓子をこちらで何と呼ぶべきか、その判断がクロウには付きかねるのであった。
『『『う~ん……』』』
錯綜した事情にホルンたちも頭を抱えているようだが、少なくともクロウの困惑は理解してもらえたようだ。
『そういう事情だと……「マンジュウ」って名前で呼ぶのは拙いか?』
『大同小異と言ってしまえばそうなんだが……』
『今後「マンジュウ」を作る事になる可能性がある以上、止めておいた方が良いだろう』
『ただでさえ馴染みの無い異国の名前なんだし』
『今ここで敢えて「マンジュウ」という名を持ち出す利点は無いな』
そうすると、この菓子の特徴を表すような名前を、こちらで命名した方が良いか?
『まず、アンコが入ってるって事と……』
『いや、「具」については色々と変えられるという話だったろう。殊更アンコに拘る必要は無い』
『んじゃ、中に「具」が入ってるって事だけにしとくか?』
『そうだな……中に何かを包み込むというのは、あまり聞かない特徴だからな』
『後は、〝温かい〟という事か?』
『それは……敢えて名前として掲げる必要があるのか?』
『ゼンザイだって、温かい事を強調してはいないしなぁ……』
『いや、しかしホットエールやホットサンドはどうなんだ?』
『……取り敢えず保留にしておこう。他に何かあるか?』
『特徴というのとは少し違うかもしれんが……パンケーキのようなものだという事は?』
『ふむ……特異さではなく身近さを前に出すか』
『手に取り易くはなるかもしれんな』
『いや、ノンヒュームの売りもんだってだけで、客は嫌ってほど殺到するだろうがよ』
『それもそうか……』
あぁでもない、こぅでもないと議論が繰り返された結果――
「『ラップケーキ』か」
『はぁ。具をくるんだパンケーキという意味合いで』
「うん。解り易くていいんじゃないか」
――「ラップケーキ」という名前で、新年祭にてお披露目される事が決定した。
気になる中身であるが、今回は善哉と同じ小豆餡に限定という事になった。客の反応が不明であるし、今の時点で複数種の餡を売り出すのは――特にマンパワーの問題で――時期尚早と考えられたためである。




