第二百四十九章 新年祭(二日目) 2.裏話~「ラップケーキ」縁起~(その1)
ここで、ノンヒュームとクロウが生み出し、ルパが斯くまで執着している〝ノンヒュームの新作菓子〟の正体を明かしておくと――
(要は今川焼き――註.大判焼き・回転焼き・二重焼きなどとも――なんだよなぁ……)
〝新年祭では温かい菓子を出したい〟――というノンヒュームたちの意向に沿う形でクロウが提案したのは、現場での量産に向いた今川焼きであった。器具と竈を新規に誂える必要はあるが、あれなら客の目の前で焼き上げて、その場で直ぐに出来たての熱々を出す事ができる。実演販売の面もあるから、集客力は万全だろう。寧ろ集め過ぎる危険を懸念するべきかもしれない。
中に入れる餡にしても、小豆の黒餡――これにも粒餡と漉し餡がある――だけでなく、白隠元による白餡や青大豆による鶯餡、胡麻餡、果てはカスタードクリームやチョコレート・キャラメル・チーズクリーム・苺クリーム、趣向を変えてポテマヨ・ハンバーグ・ソーセージ、果てはキャベツ炒めやカレーなどの具材だって考えられる。派生型は無数にあると言えよう。
そういう判断もあって、クロウは今川焼き系の菓子を提案したのであったが……
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『小麦粉の生地で餡を包んで焼く――ですか……』
魔導通信機の向こうから戸惑ったような声が返って来て、クロウは首を傾げる事になったが……直ぐにその理由が判明した。
『いえ……お話からすると、生地そのものはパンケーキのそれと似ているようですが……』
『パンケーキの中に何かを包み込むってなぁ、こりゃ初耳なんで……』
『蜂蜜などを上からかける事はあるのですが……』
『もしくは、二枚のパンケーキで具を挟む――とかは』
「成る程な……」
どうやら饅頭系の菓子は、こちらでは一般的ではないようだ。なら、提供できる菓子のバリエーションは幾らでも増える――と、密かに北叟笑みかけたクロウであったが……事はそう単純ではない事に気が付いた。
二十一世紀日本において数多のバリエーションを誇る「饅頭」であるが、考えてみればその多様性の元となっているのは、皮の材料・餡の種類・調理法による差異である。
そこでまず皮の材料を取り上げると、日本では普通にある米粉の生地がこちらでは使えない。ソバは一応あるようだが、そば粉はそれほど普及しているものではなく、どちらかと言えば救荒作物的な扱いらしい。菓子の原料として受け容れられるかどうかは未知数である。山芋の類はあるのかもしれないが、少なくともクロウは見かけた事が無いように思う。それほどメジャーな食材ではないとすると、量を確保するのは難しそうだ。……となると、皮は小麦粉の皮にほぼ限定される。要するに「今川焼き」と同じである。
餡については多種多様を期待できるが、これとて「今川焼き」と変わるところは無い。
残るは調理法であるが、これは焼くか蒸すかを選ぶ事ができる。これでヴァリエーションを稼げるか……と思ったクロウであったが、待て暫し。
凡そ「饅頭」と呼ばれるもののレシピをネットで検索してみたところ……今川焼きに較べて手数を要するような気がしたのだ。とてもの事に、殺到する群衆を前にその場で作って売り捌く……というような芸当はできそうにない。
ならば事前に作り置くしか無さそうだが……確か饅頭の賞味期限は三日か四日くらいだった筈。保存料やら真空パックとやらを駆使すれば、もう少し延ばす事も出来そうだが、こちらの世界にそんなものは無い。冷凍保存もできるようだが、解凍に失敗すると台無しになりそうな気がする。他にはマジックバッグという手もあるが、逆に言えばマジックバッグが必要という事になり、当然経費が発生する。
以上のあれこれを考慮すると、作り置きを遠くから運んで来るのは難しいという事になる。ならばコンフィズリーショップなり駄菓子屋なり、既存の店舗で製造直売する一手だろうか。保管にマジックバッグを使うとしても、高級菓子として売るのなら、経費を上乗せする事もできそうだ。これしか無いかと思われたのだが……能く考えるとこれにも問題があった。設備である。
仮にも店頭レベルでの販売となると、商品は然るべき数を揃える必要がある。となると、例えば家庭用のオーブンでちまちま焼くなどしていては間に合わない。専用の窯が必要になろうが……今現在のコンフィズリーショップに、パン焼き窯を追加するようなゆとりは――敷地面積と人員の両方ともに――無い。蒸し饅頭の場合はどうかと言えば、やはりそれなりの厨房を必要とする上、「蒸す」という作業の性質上、不可避的に水蒸気すなわち湿気が発生する。菓子店として好ましい状況ではない。
うぬぅと考え込んだクロウの耳に、ホルンからの無邪気な問いかけが届く。
『それで……この菓子は何という名前なのですか』
「名前か……」
拙作「ぼくたちのマヨヒガ」、本日21時に更新します。宜しければこちらもご笑覧下さい。




