第二百四十九章 新年祭(二日目) 1.バンクス~クロウたち・序幕~
後書きにお報せがあります。
新年祭二日目のバンクスの町。例によって例の如く……いや、明らかに例年以上の殺人的な混雑となっている一画を眺めながら、
「……おぃルパ、本気であの中へ突っ込んで行くつもりか?」
「う、う~ん……」
顰めた眉に大いなる不同意を表しながら、傍らで逡巡しているルパに問いかけるクロウの姿があった。
「この際はっきり言っておくが、俺は遠慮させてもらうぞ。単に押し合い犇めくだけならともかく、その苦行を一時間も強いられるのは願い下げだ」
「……では、私も遠慮させて戴こうか。この歳になると、あの人混みの中に吶喊して行くのはきついのでね」
ノンヒュームの露店を前にして撤退を表明したクロウに続き、マーベリック卿も戦線離脱を宣言する。まぁ、目の前の一画の混雑ぶりを目にすれば、誰しもその決断を責める事はできないであろう。
そんな殺人的な人混みの中に、怯みも見せずに飛び込んで行く客が絶えないその理由は――
「し、しかしクロウ、あそこではノンヒュームの新作菓子が売っているんだぞ!?」
――これであった。
ノンヒュームたちの思案にクロウが入れ知恵して誕生した〝新作の温かい菓子〟。そのお披露目が目の前で行なわれているのである。その結果がこの混雑なのであった。
……まぁ、ノンヒュームたちが気張って人員を増加し、新年祭実行委員会がそれに応えて敷地面積を拡張すれば、殺到する人混みもそれに応じて膨張するのは自明の理であった――とも言えるのだが。
それはともかく、クロウにしてみれば〝新作の温かい菓子〟がどんなものかは判り切っている。ゆえにあの混雑の中に特攻して行くモチベーションは毫も湧かないのであるが、まさかそんな事実をカミングアウトする訳にもいかない。ただ、態々そんな打ち明け話をせずとも充分な説得力を持つほどに、目の前の人混みは凄まじいのであった。……好奇心なら人後に落ちぬと標榜するマーベリック卿――イラストリア王立講学院の学院長――をして尻込みさせる程に。
だが、傍らのルパにしてみれば、この〝ノンヒュームの新作菓子〟はそう簡単に諦められるようなものではないらしい。何しろ、
「し、しかしクロウ、噂に拠れば今度の〝新作菓子〟は、これまでに類の無い新機軸のものだというんだぞ?」
「ノンヒュームの菓子はいつだってそうだっただろうが」
「それは……確かにそうなんだが……」
――菓子に限った話ではない。
ノンヒュームたちがこれまでに提供してきたものは、ビールを筆頭に砂糖菓子――中にはメロン丸ごとの砂糖漬けなどという豪儀な代物もあった――から綿菓子・善哉・炭酸飲料。果ては古酒やら〝幻の革〟やら透明なガラス器やら、今は消え去った名窯の焼き物やら……どれもこれも他所では目にする事も無いような品々ばかりであった。
それだけではない。密かに噂されるところに拠れば、ドランの村では又候に〝新機軸の酒〟を工夫しているというのだ。今更〝新機軸の菓子〟の一つや二つ、殊更に浮つく必要など無いではないか。
「それはそうかもしれないが……それでも貴族の末席を汚す者にとって、〝新奇〟の一語は重いんだ」
「……そんなもんなのか?」
解りかねるような表情を浮かべたクロウではあったが、その一方では解るような気もしないではない。昨年エルギンの五月祭で、酔狂にも貴族家の当主とその夫人が、汗ばむような陽気の中を、律儀に行列に並んでいた。その原因がエッジ村の草木染めと丸玉細工だというのだ。見栄で生きているような貴族――註.准男爵家令嬢・マリアの発言――にとって〝流行の最先端〟という語は、クロウが思っている以上に大きな意味を持つらしい。
……という事は何となく解るのだが、
「……菓子にもそれが当て嵌まるのか? 食べたら無くなるような〝消えもの〟だぞ?」
「勿論だ!」
「そうか……」
【お報せ】拙作「転生者は世間知らず」が書籍化される運びとなりました。詳細は後日ご報告させて戴きます。




