第二百四十八章 新年祭(初日) 3.シアカスター(その3)
(……いや待て違う。そうじゃない……)
ショックが大き過ぎて思考が明後日の方向にスライドしていたようだが、問題とすべき点はそこではない。ワタガシの事は一旦措いて、貴族と覚しき者たちの会話、そこで論ぜられている内容に焦点を絞ってみる。すなわち、エッジ村の物産品である。
エッジ村で作られているという工芸品――丸玉と草木染め――の事については、以前にこの国を訪れた特使の一行が、帰りに立ち寄ったエルギンで見聞した内容が報告されている。カルコは王都に残留したため実見する機会に恵まれなかったが、その情報については後日教えてもらった。実に素晴らしい出来栄えであったそうだが……それはまぁいい。注意すべきは、〝貴族家の人間が自ら露店に列を成して並んだ〟という事実である。
時間的な制約もあって、特使の一行が探り出せたのは、〝エッジ村の工芸品はどこでも引く手数多だが、生産数が少なくて中々手に入らない〟という事だった。訊き込みの対象が庶民たちであったため、よもや貴族家の人間が――自ら列に並ぶほど――執心しているとは思いもよらなかったのである。
だが……この国の貴族たちもやはり、エッジ村の工芸品を価値あるものと見做しているという事は……
(……貴族をはじめとするイラストリアの国民にとって、エッジ村の工芸品は、ノンヒュームたちの提供する品々に匹敵する価値を持っているという事だ)
これは重要なネタを耳にしたものだ。噂話を丸呑みするのは危険だが、この情報は取り急ぎ本国に上げた方が良い。裏を取るのは上に任せよう。
……などと考えていたカルコであったが、そこに更なる追い討ちとなる会話が飛び込んで来る。
(「そう言えば、エルフたちも列に並んでいましたな。彼らもエッジ村には一目置いているようだ」)
(「エッジ村のはほれ、何と言ってもデザインが秀逸ですからなぁ」)
(何……だと……?)
〝ノンヒュームたちに匹敵する〟ではなく、〝或る面ではノンヒュームたちを上回る〟なのか?
驚愕の念に囚われて凍り付いていたカルコであったが、やがて重要な……と言うか、見過ごせない問題点のある事に気付く。
(……王女殿下にくっ付いてこちらへやって来る連中がその点を弁えずに、ただエッジ村の工芸品が気に入った、欲しいというだけで、無理難題を吹っ掛けたりすると……)
貴賤上下の区別無く、この国の女性陣全てを敵に廻すだろう。モルファンの国益を左右しかねない一大事である。もはやカールシン卿の帰りを待ってなどいられない。一刻も早くこの情報を伝えて、人選なり警告なりに反映してもらわねば……。これはワタガシを諦めて、列から離脱するべきだろうか……?
……などと焦っているカルコの耳に、本件の締めとなる情報が届いてくる。
(「そう言えばホルベック卿の奥方は、二年待ちという条件を呑んで、エッジ村のユージン染めを予約したそうですな」)
――二年待ち!?
(「家内が羨んでいましたよ。ホルベック卿に縁ある一部を除いて、エッジ村は予約注文を受け付けていませんからな」)
(「まぁ、あそこはほれ、今はそれどころじゃなく大忙しの筈ですからな」)
(「あぁ、草木染めを他の村にも指導するという件ですな。その計画が上手くいってくれれば、少しは入手もし易くなるでしょうが……」)
(「妻や娘からの突き上げが酷いですからなぁ……」)
――結局、カルコはそのまま列に並び続け、ワタガシの実演を目にした上で、その現物を購入した。漏れ聞こえて来る噂話の内容が興味深過ぎて、列を離れる決心が付かなかったためである。
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なお、これは余談であるが……コンフィズリーショップの店先では綿菓子の実演販売を行なっていたが、駄菓子屋の店先で売っていたのは善哉であった。
そして、この年の新年祭で御目見得する事になる〝ノンヒューム新作の温かい菓子〟であるが、これ以上の人員の手配が付かないという事で、こちらの公開は後の機会に廻されていた。
更には、シアカスターにおける露店は飽くまでコンフィズリーショップと駄菓子屋の出店であり、それゆえに品揃えにも――他の町でノンヒュームが出している露店と較べて――制限があった。
にも拘わらずこれだけの混雑を巻き起こしたのは……無論ノンヒュームの菓子類の魅力を外して論じる事はできないし、この時期限定で販売される菓子の魅力もあっただろうが、〝新年祭の初日から営業している〟点が大きかった。
ノンヒュームたちは新年祭での露店の営業を二日目以降と決めているらしいが、ここシアカスターにおける露店は常設店の出店という建前からか、初日から営業していたのである。
走りのものを有り難がる気質はどこでも同じと見えて、〝一日早くから売っている〟という付加価値が、ここシアカスターにおける路上販売に、ノンヒュームたちも予想しなかった集客力を生み出していたのであった。




