第二百四十八章 新年祭(初日) 2.シアカスター(その2)
当初は完全な別店舗にするかと考えていたが、菓子の中には庶民向けなのかセレブ向けなのか曖昧なもの――飴玉とか――も少なくない。そういうのは両方の店に置いておいた方が、客の側だって助かるだろう。
さてそうなると……二店舗の会計を完全に分けると、会計が面倒な事になりはしないか? 不足する商品を双方で融通し合うような可能性だってあるのだ。会計は分けない方が好都合だろう。
会計を分けないという事はつまり、駄菓子屋はコンフィズリーショップの別店舗扱いという事になる。そうなると、店名を完全に別物にするというのはどうなのか。〝駄菓子に似合うような宝石が思い付かない〟というクロウたちの困惑もあって、店名は安直に「ダガシ アンバー」に決まったという次第なのであった。
――そこで話は今現在の状況である。
店から少し離れた路傍にテーブルを並べて売り場を設え、そこで臨時に販売しているものというのが……
(まさかワタガシを売ってるとはな……)
――そう。予てからコンフィズリーショップでも問い合わせの多かった綿菓子、あれの実演販売が為されているのであった。……そりゃ、人集りがするのも道理である。
ただし、それでも混雑混乱を極めるという事態になっていないのは、過去の経験の賜物というべきであろうか。見れば購入する客を優先させて、見物人や既に買い終えた客などは、一歩退いた位置から遠巻きに高みの見物を決め込んでいる。購入する客もお行儀良く列に並んでおり、混雑はすれども無秩序ではない。
とは言え、どこぞの即売会も斯くやとばかりにずらぁ~りと続く行列を見れば、
(こりゃ買い物は諦めて、さっさと退散するのが一番か)
――という思いに囚われたとしても、カルコを責める事はできないだろう。
しかし……生憎な事に残念な事に、そうは問屋が卸さないのである。
徐に我が身を振り返ってみれば、自分はモルファンの偵察員である。祖国には絶えて情報が入ってこなかった幻のワタガシ。その実演販売を目にする機会を、いや、それのみか綿菓子を購入して味わう機会が目の前にあるのだ。ここでスゴスゴと撤退などした日には――
(どんなお叱りを受けるか判ったもんじゃない……いや、嫌になるほど判るよな……)
それはもう、モルファン国民の官民問わず、上から下まで総出でカルコを非難弾劾し吊し上げる事だろう。カルコにはその情景が目に見えるような気がした。
そういう事情に鑑みれば、ここでカルコの選び得る選択肢は一つしか無い。カルコは深い溜息を吐くと、力無くすごすごと列の最後尾に並んだのであった。
しかし、天は務める者を見捨てずとでも云うのか、無我諦観の境地で列に並んでいたカルコの耳に、聞き逃せないワードが飛び込んで来たのである。
(「いやぁ……こういう列に並ぶのも、もうすっかり慣れましたな」)
(「新年祭と五月祭の度に並んでますからな」)
(「使用人を並ばせればいい――などと言うやつもいるが」)
(「使用人に加えて自分でも並べば、購入できる数が増える訳ですからな」)
どうもセレブな方々が、列の少し前に並んでおいでのようだ。ここからでは身形や様子を実見する事は叶わないが、言葉の端々からして明らかに貴族と思われる。
そんなお偉方までが自らご出馬遊ばして、剰え列に並ぶというのか。驚いて聴き耳を立てたカルコの耳に、更に驚愕の会話が届いてくる。そこでは――
(「まぁ寒空とはいうが、これだけ人が密集していれば、そこまで寒くはありませんな」)
(「然様々々。どちらかと言うと、去年の五月祭の方が辛かった。結構暑くなってきた時期だったのでな」)
(「エッジ村の出店ですかな? エルギンの町で開かれた?」)
(「それそれ。……ひょっとして、貴卿も並ばれた口で?」)
(「いえ、私は仕事の都合で行けませんでな。代わりに弟が引っ張られて行きました」)
(「まぁ、あそこの草木染めは逸品ですからな。並んだだけの価値はあった」)
――などという驚愕の内容が語られていた。……カルコの度肝をぶっこ抜くに充分な話である。
エルギン領エッジ村で作られているという端倪すべからざる物産品の事は、既にモルファンも掴んでいる。と言うか、イラストリアに派遣した特使が、エルギン領主ホルベック男爵の夫人から、その事を直々に教えられたのだ。……友禅染めの現物を見せられる形で。
ただし彼ら特使一行と雖も――日程的な制約もあって――〝五月祭では並み居る貴族家の人間が自ら、エッジ村の露店に列を成して並んだ〟という話までは訊き込めていなかった。
後に冒険者を装って密かに派遣した密偵が、それに関する噂話を拾ってはきたのだが、直接並んだ者からの話までは訊けなかったのである。下手に不審を抱かれて、密偵だとバレでもしたら面倒ではないか。
(――貴族家の当主が自ら列に並んでまで、一寒村の産物を欲しがったというのか!?)
それに較べれば、「幻のワタガシ」の列に並ぶ事くらい、当たり前ではないかという気もしてくる。
駄菓子屋開設に至るまでの経緯は、第二百十章で簡単に触れています。




