第二百四十七章 新年祭~開幕前~ 3.冬季庶民派向け菓子~
「いやぁ、手立てってほどのもんじゃねぇんですが」
「寒い時期に喜ばれるのは、やはり温かいものではないかと愚考しまして」
「ホットサンドやグリルドフルーツが、大好評だったらしいですから……」
どことは言わないが、酷い混雑で人熱れのするような特殊な区画はともかく、外では寒風吹き荒ぶこの季節、温かいものは何よりの馳走である。ホットサンドやグリルドフルーツが大好評を博したのも頷ける。つまり……
『着眼点はいい。が――それが何を意味するのかは、解っているか?』
……この寒い季節に、温かい(!)甘味(!)など出したら、客が群がり殺到するのは火を見るよりも明らかである。そして、それらを迎え撃つ……ではなくて捌く側の負担が並々ならぬものとなる事も。
「覚悟はしています。過去の新年祭・五月祭では不覚を取りましたが――」
「今度こそは無様な真似はいたしません」
「それなりの算段ってやつがあるんでさぁ」
『ふむ?』
ノンヒュームたちの策というのは単純であった。前回・前々回と手勢不足で押し負けたのなら、今回は更に多くの手勢を以て迎え撃つ――それだけである。
「もうね。この際だから近隣各国のノンヒュームを洗い浚い、根刮ぎになるまで動員しようかってね」
『根刮ぎ――!?』
そんな大事にするのかと、通信機の向こうから驚愕する声が返って来るが、
「あぁいえ実際には、状況は然して変わりません」
「客として来ていたのが、売り手側に廻るだけで」
『……成る程?』
懸念と言えば店員教育であるが、それはクロウのマニュアルがあるし、ベテランが指図して動かすのなら、何とかなるのではないかとの事だった。何より、過去の敗因は一にも二にも人手不足。その人手を補ってやれば、大抵の問題はクリアーできるのではないか。
『……まぁ、その点については諒解した。それで、具体的には何を出すつもりだ?』
一口に〝温かいもの〟と言っても、おでんに焼き芋、串焼きから、果ては甘酒・豚汁に至るまで、該当する品目は多岐に亘る。そのうちどれを提供すると言うのか。
「ガレットはどうかと考えているのですが……」
『ガレットか……』
こちらの世界で言う「ガレット」も、地球世界におけるそれと大差無かった。生地を熱した平鍋や鉄板に注ぎ、薄い円形に伸ばしてものを正方形に折り畳んで作る。これだけ聞けば「クレープ」のようなものを想像するだろうが、クレープとは異なり焼くのは片面だけで、生ハムなどの肉や魚介類・摺り下ろしたチーズ・卵・サラダなどを上に乗せて火を通し、その後に生地の四方を折って、具を中に畳み込むようにして供する。
「で、今回は中の具を、アンコにしちゃあどうだって話になってましてね」
『ふむ……』
クロウもこちらの世界の「ガレット」については知っている。と言うか、実際に食べた事もある。なのでガレットの作り方も知っていれば、量産する場合には手間暇がネックとなりそうな事にも気付いていた。
『悪くはないが、生地を焼いて折り畳むのに手間がかかるんじゃないのか?』
「まぁ、それは……」
「人数を集めて何とかしようかと……」
『しかし、調理場の規模が変わらんのなら、人数を増やしても混雑するだけだぞ?』
「「「………………」」」
三人が黙り込んだらしいのを察したのか、通信機の向こうから――少しばかり躊躇いがちな――クロウの声が届く。
『実はな……餡を使った温かい菓子で量産に向くものが、あるにはあるんだ』
――三人が揃って顔を上げた。




