第二百四十七章 新年祭~開幕前~ 2.新規高級菓子
クロウこと烏丸良志は曲がりなりにも歴史学科卒の筈であるが、歴史学徒として西洋史に通じているとは言い難い。どちらかと言えば雑知識の方を充実させているのがこの男である。しかし食文化となると話は別で、職業柄――地球での本業はラノベ作家――一通りの(雑)知識は身に着けていた。
そんなクロウの目から見ると、こちらの世界の文化――魔法を除く――は概ね、地球では中世と呼ばれる時代のそれに類似していた。勿論、食文化もその例に漏れていない。
そういった事情を勘案すると、クロウとしてはホイップクリームやチーズケーキといった西洋菓子の王道要素を提案したいところなのであるが……
(……材料のミルクやクリームチーズは、一年を通しての安定供給に不安があるし、出来上がり後の日保ちの問題もあるしな)
日保ちの問題はマジックバッグで解消できるだろうが、逆に言えばマジックバッグ抜きでは解決できないという事だ。王侯貴族だけが相手ならともかく、庶民の間で流通するのは難しい。いや、上流階級限定と銘打って提供する事はできるだろうが、そうすると肝心のクロウたちがその恩恵に与れない。
それに、流行の裾野が狭いうちは、新製品の開発なども捗らないだろう。今後の新規開発の全てが、ノンヒューム任せクロウ任せになるのも不本意である。
(……後々の事も考えれば、応用性とか拡張性の高いものがいいんだろうな)
要はアレンジの利く技法や素材を使うという事になる。
その上に、材料の入手が然程に困難でなく、出来上がったものがそれなりに日保ちする……そういう都合の好い菓子があるだろうか?
実は――クロウにはその心当たりがあった。
『アーモンド――この国風に言うとアルマンか?――の入手は問題無いか?』
「アルマン……ですか?」
「イラストリアじゃちと寒いみてぇで、栽培は盛んじゃねぇですが……」
「入手だけなら問題無く」
『ふむ。だったら、アルマンを使った菓子があるんだがな』
クロウがアーモンド――こちらの世界ではアルマン――の事を知っていた理由であるが、何の事は無い、ダンジョン村の作物候補として調べた事があるだけだ。
テオドラムはイラストリアより南にある分少し暖かいし、栽培だけなら可能そうではあったのだが……
〝アーモンドって、チョコレートとの組み合わせは、鉄板ですよね?〟
〝そんな……作物を……選りに選って……テオドラムで……栽培というのも……〟
〝後々面倒な事になりませんか? 主様〟
――という懸念が眷属たちから出されたため、作物候補から外した経緯があったのである。
だが、イラストリアに提供する菓子に使うというのなら、何ら問題は無い筈だ。
(アーモンドを使った菓子と言えば、ドラジェにフィナンシェにマカロンか……うん、別に問題は無さそうだな)
それらの菓子について簡単に説明したところ、ノンヒュームたちの視点でも問題は無さそうだという事になり、取り敢えずは持ち帰って検討する事になった。来年の五月に少量を提供するだけなら、材料の入手も難しくはなさそうだが、その後も安定して供給できるかどうかは、もう少し検討を重ねる必要があるだろう。
「アーモンドの糖衣がけかぁ……」
「アルマン以外のナッツでも作れそうだな」
『あぁ、作れるぞ(……プラリネっていったっけな?)。糖衣の作り方を一捻りすれば、色々と応用が利くからな』
――という具合に、よせばいいのにクロウはカラメルソースやキャラメルの作り方まで伝授するのであった。……懲りない男である。
『さて――貴族向けの菓子は何とか目処が付いたようだが、庶民向けの方はどうするんだ?』
ノンヒュームたちの言に拠れば、或る意味こちらが本番の筈。如何なる手立てを考えているのか。




