第二百四十六章 シュレクをめぐって 16.クロウ~覆される予想~(その4)
エッジ村にあるクロウの山小屋では、薬草を調べに来たというクロウのカバーストーリーに鑑みて、様々な種類の薬草やハーブを栽培している。その中には(現地産の)ショウガも、地球のサッサフラス(クスノキ科の落葉高木)の苗やサルサパリラ(サルトリイバラ科の植物)に相当するものもあった筈だ。どちらもルートビアなどには欠かせない原料である。
ものはついでと格言にもあるし、これらも纏めて提供するか? いや……
『いっその事、めぼしい薬草を一纏めにして持ち込むか。聖魔法持ちの怨霊を常駐させてはいるが、各家庭にも常備薬の一つや二つ、あった方が良いだろう』
薬草なら売り物になるだけでなく、医療水準の向上も期待できる。それほど広い畑も要らないっだろうし、栽培の難しくないものを選んで渡せばいいか。
『……健康飲料で思い出した。砂糖と塩があるんだから、スポーツドリンク……と言うか、経口補水液の作り方も教えておくか』
テオドラムはイラストリアより南にあるため、気温は若干暖かい。夏の暑い日に屋外で農作業などしていると、熱中症や脱水症状の危険も無視できない。経口補水液が手許にあれば、脱水症状の危険は回避できるだろう。
クロウが作った精製塩だと、カリウムやマグネシウムなどのミネラル分が不足しそうだが、そこは別途に粗製塩を渡すかどうかすればすむ事だ。
『あぁ、確かにそうですね』
『それともう一つ思い出した。村では油が不足するような事を言っていたな?』
『は? ……えぇまぁ。テオドラムだと獣脂の入手も楽ではありませんし』
『なら、油料作物もあった方が良いか?』
クロウの提案に難しい顔をする一同。
確かに、村で油が生産できれば、生活水準が一気に上がるのは間違い無い。売り物にするほどの量でなくとも、自家消費分を自給できるだけでも万々歳である。
ただし問題は……
『油を搾る道具とか、必要になるんじゃないですか? 主様』
『それもかなり大掛かりなものが』
『ま、それは後で考えればいいだろう。油として搾らずに、脂質含有量の高い食材として使う手だってあるからな』
『……差し支え無ければ、何を考えておいでなのかお教え願えませんか?』
『そのまま食べるって……あ、胡麻とかですか?』
『もしくは落花生とか?』
『いや、ヒマワリはどうかと考えているんだが』
『『『『『ヒマワリ?』』』』』
意外に思えるかもしれないが、ヒマワリというのは観賞用だけでなく、作物としても優秀である。クロウが言ったように、種子からは良質の油が採れるし、種子をそのまま炒って食べる事もできる。また、乾燥した種子は生薬として用いる事もある。
種子以外に目を遣れば、若い葉は野菜として食べる事ができるし、根を深く張って地中の栄養分を吸い上げるので、収穫後の不要部位は緑肥として土壌環境の改善に役立つ。
『へぇ……そうなんだ』
『割とスグレモノだったんですね』
『まぁ、実際にどの程度使えるのかは未知数だがな』
『そういたしますと……来年はヒマワリと薬草を新たに増やすのですな』
『それなんだが……大麦を育てさせる事はできないか?』
『大麦?』
『ビールとか麦茶でも作るんで……あ! 麦芽糖!?』
『お、察しが良いなキーン。そのとおり、水飴だ』
ダンジョン村には既に砂糖を供給しているのに、なぜまた水飴を? 砂糖の供給停止を見越しての事か?
『そういう含みも無いとは言わんが、どっちかと言うと偽装用だな。甘味の正体は水飴だと言っておけば、それで納得する者もいるだろう?』
『『『『『成る程……』』』』』
斯くの如くノリと勢いで決められたダンジョン村の農業計画が、各方面にどのような影響をもたらすのか。その答を知るためには、今暫くの時間が必要であった。
【参考】S.E.Katz (2012:和訳2016) 「発酵の技法 世界の発酵食品と発酵文化の探求」 オライリー・ジャパン.483pp.




