第二百四十六章 シュレクをめぐって 15.クロウ~覆される予想~(その3)
言われて考え込む眷属たち。事ある毎にクロウのマンションに入り浸っているせいで、地元感覚が稀薄になっているようだが……確かに地元ではあまり見かけなかった気がする。
『それに団子は日保ちせんぞ? 連中の立場からすると面倒じゃないか?』
『あぁ、確かに』
『好きな時に食べるのって、こっちだと難しそうですよね』
『だとすると、やっぱり作り置きできるものの方が喜ばれますよね』
そうすると……ここはやはり焼き菓子の王道、ビスケットやクッキーの出番ではなかろうか。
『でもマスター、あれって、バターとかミルクを使いますよね?』
『シュレクでは些か入手が難しゅうございませんかな?』
『うむ……』
バターの代わりにラードを使う手もあるが、どちらにしても安定供給は難しいだろう。
『バターを使わないのって……あ、麻花は?』
『駄目。バターは使わないけど、ベーキングパウダーを使ってたと思う。それに、揚げるのに油を結構使うから、そっちの意味でも難しいと思う』
『……能く知ってるわね、キーン……』
『ガレットは確か、膨張剤は使ってなかったと思うが』
『あれってぇ、色んな具を中にぃ、入れるんじゃなぃんですかぁ?』
『いや……その前段階として、何も入れないものがあった筈だ』
『南部煎餅みたいですね』
『砂糖を入れるんだからどっちかって言うと、「か○らせんべい」とか「に○かせんぺい」の方じゃない?』
『……詳しいな、お前たち……』
『けど、そういうのってご家庭で作れるもんなの?』
『要は生地を焼くだけだから、作るのは難しくない筈だが……』
『美味しく作れるかどうかは、別ですよね』
『或いは、態々作ってまで食べたいかどうかは』
議論百出紛糾の挙げ句、出された試案に片っ端から駄目出しをする羽目になったクロウは、
『……アプローチの方向を変えよう。ダンジョン村で自給できそうな食材は何がある? 俺たちが今後若干の援助を行なう事も考えててだが』
クロウが村に持ち込んだ食材は、砂糖と塩を別にしても、現地産のジャガイモ擬きにアルサンという(モヤシとしても利用可能な)牧草の一種。更には地球から、サツマイモ・ブロッコリー・トマト・ツルムラサキを持ち込んでいる。
『その他に、麦・スズナ・キャビット・ゲイン豆を作っておりましたな』
『……サツマイモ以外、お菓子になりそうなものが無いような……』
『あとは……近くの藪に生えていそうなもの……野イチゴの類ですかな』
『そう言えば、村の子供たちが喜んで摘まんでましたね』
『ベリー類か……』
『フルーツタルトとかですか? マスター』
『ジャムはノンヒュームが作ってますしね』
『いや……それもあるが……』
この時クロウの念頭にあったのは、フルーツと砂糖を短期間発酵させて作る、お手軽発泡飲料の事であった。メキシコで「テパチェ」、ブラジルで「アルア」などと呼ばれている飲み物の事である。「フルーツクワス」と呼ばれているものも、概ね同じカテゴリーに入るだろう。
醗酵が進まない状態でなら子供たちにも飲めるし、そのまま醗酵を進めてアルコール度数を高めれば酒になる。子供も大人も大喜びではないのか?
『……大人たちが……取り上げて……酒にして……しまいそうな……気がします……』
『そこは一言、強めに釘を刺しておく必要があるでしょうな』
『待てよ……発泡飲料と言えば、ルートビアとかジンジャービアとかいうのもあったな。……ガイアナではサツマイモと砂糖で強壮飲料を作るそうだし、ニンジンとショウガでも美味い飲み物が作れると読んだ事がある』
――相変わらず、余計な知識だけは充分以上に持ち合わせている男である。
『ショウガなら確か……山小屋の薬草畑でも栽培していたよな?』
【参考】S.E.Katz (2012:和訳2016) 「発酵の技法 世界の発酵食品と発酵文化の探求」 オライリー・ジャパン.483pp.