第二百四十六章 シュレクをめぐって 14.クロウ~覆される予想~(その2)
『余計なお節介と言われそうだが……村の連中にも、菓子を食べる楽しみというものを知ってほしいものだな』
『けどマスター、お菓子が買えないなら、自分たちで作るしか無いですけど』
『果たして彼らに然様な暇がありましょうかな?』
『砂糖と小麦粉はともかく、卵もバターも無いんですよね? 主様』
『うむぅ……』
材料と時間に制約がある中で、それでも菓子を作ろうとすれば、簡単お手軽なものしか選択肢は無い。
『一応、芋餅と大学芋のレシピは渡してある筈だが……』
『あ、それは時々……と言うか、ごくごく偶に作っているようです』
『会話の端々に出てきましたからな』
『ふむ……』
あれくらいの手間であれば許容範囲なのか。ならば他に簡単なものは……と考え始めたクロウであったが、そこに別視点からのコメントが寄せられる。
『けどぉ、ノンヒュームさんたちのお菓子とぉ、被ったらぁ……』
『ダンジョン村を……訪れる者が……増えている事に鑑みると……拙いかも……しれません……』
『あ……それがあったか……』
テオドラムは閉鎖的な国であるが、それでも人の往き来が無い訳ではない。ダンジョン村自体への街道は封鎖されているが、抑他国の商人を密入国させようという話が発端である。そんな外来の商人などに、〝ダンジョン村ではノンヒュームの菓子と同じものを食べている〟などと受け取られては面倒である。ノンヒュームの往き来があるのならまだしも、そうでないならダンジョンが疑われるのは自明ではないか。
(『……自明かなぁ……』)
(『ダンジョンが菓子のレシピを提供するなんて事、普通は無いわよね……』)
(『しかし……既に……料理のレシピは……提供して……いますから……』)
(『その件が他所に漏れるかどうかだよね』)
幾許かの不確実性はあるにせよ、危ない橋を渡るのは避けたが良い。となるとノンヒュームたちとは別の方向で、砂糖を使った嗜好品のレシピを考案しなくてはならない。……結構面倒な案件である。
『いや……特徴的な菓子ならともかく、在り来りの菓子なら問題無いんじゃないか?』
『在り来りの菓子ってどういうの? クロウ』
『いや……具体的には知らんが……何かあるんじゃないのか? パンケーキとか』
『マスター、あれって確か、ベーキングパウダーを使いますよね?』
『ベーキングパウダーはともかく、重曹とかもあまり一般的ではないような気が……』
『いや、使わないものもあった筈だぞ? 古代ギリシア風のパンケーキとか』
『でもぉ、それってぇ、美味しぃんですかぁ?』
『うむ……』
『ご主人様……重曹は……塩の精製の……副産物として……得られるのでは……?』
『まぁ、そうだな』
『あら、だったらクロウが渡せば済む事なんじゃないの?』
『それはそうなんだが……重曹を膨張剤として使うのって普通なのか?』
――問われて一同も考え込んだ。
クロウのあやふやな知識によると、地球で重曹が膨張剤として用いられたのは、十八世紀以降の筈だ。重曹自体はそれ以前から知られ使われていたようだが、少なくとも膨張剤としての利用は、かなり後になってからの筈。こちらの世界ではどうなのか。
一同揃って首を傾げたので、この手の事に詳しそうな元・主計士官のハンスに訊ねてみたところ、重曹――こちらでは単に「ソーダ」と呼んでいるらしい――自体の用途は色々とあるが、やはり膨張剤として使うのは聞いた事が無いとの返事。
……これはやはり、不用意に渡すのは控えた方が良いのでは。
『普通にイースト菌を使ってもいいんだが……時間がかかりそうなのがなぁ』
『そうすると……お団子とかかな?』
『米粉の代わりに小麦粉かぁ……「いきなり団子」みたいな?』
『餡はどうしますかな?』
『あ、小豆餡とか砂糖醤油は無理だよね。……砂糖水?』
『あれはどうかな? 黄粉』
『安倍川かぁ……』
『大豆とかがあるなら、それもありかも』
『大豆があるんなら、ずんだ餅は?』
『……いや、ちょっと待て。団子って、こっちの大陸にも普通にあるのか?』




