第二百四十六章 シュレクをめぐって 13.クロウ~覆される予想~(その1)
『砂糖の消費が予想を下回っている? どういう事だ?』
少し時間を遡って師走の半ば、クロウはオルフとネスからの報告に首を傾げていた。
『はぁ……どうも彼らは、砂糖の提供は一回限りのものだと思っていた様子で』
『貰った砂糖は家宝のように仕舞い込み、何かの折にチビチビと楽しんでいたようで』
『……まぁ、提供した量が量でしたからな。そう思い込むのも無理はないかと』
『我々も個々の村人の家庭生活にまで目を配っておりませなんだので……気付くのが遅れました。申し訳ございません』
『いや、それは構わんが……どうしたものかな……』
クロウとて、ダンジョン村に永久に砂糖を供給するような事は考えていない。しかし今年の一回限りで砂糖の供給を止めるような、そんな不人情かつしみったれた事も考えてはいなかった。これまで散々に辛酸を舐め、苦労を重ねてきた者たちなのだ。多少の贅沢は受けて然るべき――クロウたちはそのように考えていたのだが……慎ましやかなテオドラムの労働者たちには、そういった考え方は理解できなかったらしい。
『貰った砂糖をどう使おうと、それは連中の勝手だが……しかしそうすると、前回と同量を提供しても、村人たちは持て余すだけか?』
『その可能性は高いかと』
『まぁ確かに、砂糖というのは調味料ではなくて贅沢品という感覚ですからな』
『一応レシピは提供している筈なんだが……』
イラストリアやマナステラの新年祭や五月祭では、集まって来た者たちは遠慮無しにジュースや菓子を飲み食いしているので、砂糖がそこまで特別視されているとは思わなかった。菓子店でも菓子類はそこそこに売れており、それに伴って砂糖の売り上げも順調に伸びているとの報告が上がって来ているが……
『いや……抑〝順調〟の内容が、俺のイメージと食い違っている可能性はあるか……』
二十一世紀日本人であるクロウこと烏丸良志にとっては、砂糖などご家庭の調味料の一つという位置付けであるが、こちらの世界では違うかもしれぬ。少なくとも日常的に、砂糖を料理の味付けに使うような事は――
『……さすがにそこまで豪儀な真似は……』
『貴族でもしていないのではないかと……』
『むぅ……』
あちらとこちらの経済格差の解消にまで踏み込む気は無いが、折角提供した砂糖である。クロウとしてはもう少し、生活の質を向上させるのに使ってほしい。
『これはあれか? 菓子などの嗜好品文化が未熟だからか?』
ひょっとしてイラストリアでも、菓子やジュースは購入して楽しむものという感覚なのではないだろうか。二十一世紀の日本でも大勢はそういう感覚だろうから、別におかしな話ではない。それでもイラストリアでなら買い食いという手が使えるが、近所に店など存在しないシュレクでは、その手が使えよう筈も無い。
そして、菓子もジュースも砂糖を用いて自作できるという認識が未発達なのであれば、
『砂糖が消費されないのも道理か……』
温和しく聞き手に廻っている眷属たちは、それはどうかなと思っていた――菓子のレシピを知ったところで、砂糖に対する価値観が変わらないのでは一緒だろう――が、余計な差し出口を挟む者はいない。クロウの捉え方にも一理があるし……何より、このまま流れに任せた方が面白くなりそうではないか。




