第二百四十六章 シュレクをめぐって 11.シュレク~ダンジョン村~(その1)
新年を明日に控えたその夜、シュレクのダンジョン村は過去に例を見ないほどの盛り上がりを見せていた。昨年に勝るとも劣らないほどの。
それというのもお情け深いダンジョン様が、去年に引き続いて今年も砂糖を、そして今年は更に真っ白に精製した極上の塩を送って下さったからである。どちらも村人にとっては思いがけない贈り物であった。
殊に砂糖などは、昨年貰った分を一生涯のものと思い定めて、チビチビ楽しんでいたところなのである。……まぁ、昨年クロウが渡したのも大概な量であったから、村人たちがそう思い込むのも無理はないのであるが。
塩についても予想外の贈り物――こちらは砂糖より早く供給された――であったとみえて、村人たちは寄ると触るとその話で持ち切りであった。少し彼らの会話に聴き耳を立ててみるとしよう。
「……しかし、塩まで下さるとは魂消たの」
「おぅさ。それもあんなに真っ白な、見るからに上物の塩じゃからの」
「どこぞからやって来た商人も、目を丸くしとったわ」
「小麦も好い値で売れたし、雑貨諸々も手に入ったし、言う事無しじゃの」
「あぁ。ダンジョン様には足を向けて寝られんわぃ」
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――少しばかり説明が必要であろう。
実は、このところのダンジョン村近在の物流状態は、クロウたちが懸念していたものとは少し違っていたのである。
その説明に入る前に、前提条件となるダンジョン村の状況について少し述べておこう。
以前にも少し触れたが、ここダンジョン村は元を質せば鉄鉱山の労働キャンプである。
採掘される鉱石が砒素を含んだものであるため、それを取り除くために所謂「亜砒焼き」を行ない、有毒な砒素が辺りに放出される。それが採掘に従事する者の健康を――と言うより生命を――害するため、真っ当な民に採掘作業を強いる訳にはいかず……結局のところ、不法・違法・脱法・触法の各手段で集められた奴隷を、鉱山労働者として使い潰す方針が採用された。
その「奴隷」たちを逃がさないための謂わば「人質」として、彼らの家族を拉致拘引し、監禁のための居住地が整備される事になった。それが「鉱山村」――現・ダンジョン村――の起こりである。
鉱山の規模がそこそこあったために鉱山労働者の数も多かったが、それは畢竟その家族の数も多くなるという事である。更に、鉱毒によって鉱山労働者が死亡した後もその家族は――口止めのためもあって――解放する訳にはいかず……結果として村の規模はかなり大きなものとなっていた。
そんな村人たちにも、生かしておくための食糧は供給する必要がある訳だが……ここでお役所仕事的な問題が発生した。
村の住民は実質的には人質なのだが、国としてそんな事を公に認める訳にはいかない。殊に問題なのが、〝既に鉱毒で死亡した鉱山労働者〟の家族であった。現在採掘作業に従事している者およびその家族数から計上される食糧配給量と、実際に供給すべき量が食い違ってくるのである。
死亡した者の家族を解放すればいいのであるが、悪い評判が広まるのを防ぐためには彼らを解放する訳にはいかない。然りとて〝口封じと口減らしのために始末する〟のも、些か遣り過ぎのような気がする。妥協案として採用されたのが、〝書類上では彼らを農業従事者として扱う〟という辻褄合わせの強弁であった。
テオドラムは統制経済の国であり、作物は一旦全て国が買い上げ、然る後に食糧を配給するという形式になっている。言い換えると、鉱山村の〝農民(笑)〟に食糧を供給するためには、彼らから納入される食糧が無くてはならない。鉱山の周辺は砒素汚染のためまともな作物は育たないが、それはそれ、形ばかりでも納入したという体裁が必要になる。
そんな――或る意味で滑稽な――経緯から、村では小麦を作っていた。品質のみならず収量も低いのだが、逆にその分だけ耕地面積は広くなっていた。




