第二百四十六章 シュレクをめぐって 10.テオドラム(その2)【地図あり】
――少し説明を補足しておこう。
シュレクの後背部に築かれた通称「シュレク砦」は、元はシュレクの鉱山村の住人が逃げ出さないように見張るための監視拠点であった。
鉄鉱山がダンジョン化してからは、村の見張りではなくダンジョンの監視……より正確に言えば、ダンジョンのモンスターが外部へ溢れ出ないかどうかを見張るための拠点として機能していた。
ところが、丁度シュレクを挟んで国境の向こう側に、モルヴァニア軍が監視砦を構築した事が判明すると、シュレク砦はモルヴァニア軍の侵攻に備えるための最前線拠点という位置付けに変化する。そのために兵力の強化が進められたと同時に、ダンジョンモンスターの流出に対する備えは、新たに街道の入口に封鎖拠点を構築して、そこに任せる事になった。これが、先程からの会話に出ている「関所」である。
「モルヴァニアもダンジョンも温和しくしておる現在、半ば塩漬けとなっておる兵力の有効利用を考えてもおかしくはあるまい? 況して、あの砦は当初の計画が中断されたため、規模に不似合いな人数が配置されておるのだ」
「………………」
「村の様子を探った限りでは、あそこのダンジョンは村を蹂躙する様子も、戦渦に巻き込む気配も見えぬという。なら、ダンジョンのモンスターが地上に溢れてくる懸念も少なかろう。……いや、それ以前に、彼の地のドラゴンやらワイバーンやらが、場所を選ばず自由自在に顕現できる、ゆえに封鎖の効果は怪しい……と、言い出したのは貴卿ではないか」
「………………」
「モルヴァニア軍の方にしても、これから冬になる事を考えれば、こちらへの侵攻は勿論、今以上の増援を送り込む事も難しくなる。言い換えれば、兵力転換の機は今を措いて無い」
「………………」
「そして最大の理由として、ウォルトラムの人員が不足気味になっている。その兵力を補填するために、シュレク砦の塩漬け兵力を廻す……これのどこに問題があるのかね?」
抑シュレク砦を増強するための兵力は、最寄りの連隊からの抽出によって賄われていた。具体的にはウォルトラムの「蠍」連隊とニコーラムの「狼」連隊である。
そのせいでウォルトラムは兵力の運用が窮屈になっていたのであるが、その後更に人手を割くべき任務が追加された。何の任務かと言えばフォルカとサガンの監視である。
フォルカことトーレンハイメル城館跡地は、古くから怨霊の巣窟として知られた場所であったが、テオドラムがここに警戒の念を抱くようになったのはごく最近、解り易く言えば、ダンジョンの活動が活溌化してからの事である。このところテオドラムを取り巻くようにポコポコとダンジョンが湧き出している現況に鑑みれば、新たなダンジョンが発生するかもしれない場所を予め警戒しておくというのは、これは理に適っている。ただ間の悪い事に、そのフォルカがあるのはウォルトラムから北東に少し離れた郊外であり……結果として、ただでさえ不足気味のウォルトラムの兵力が、更に抽出される運びとなったのである。
サガンの方はそれほど緊急性のある任務ではない。アバンの廃村の件で棚ボタ式に活況を呈するようになった、隣国ヴォルダバンの商都サガンの動向を、テオドラムとしても無視できなくなっただけだ。緊急性のある任務ではないが、位置関係からこれもウォルトラムが受け持つ事になった。不幸にしてサガンとの距離がそれなりにあるため、片手間に見張るような真似もできず、人員の派遣などに頭を痛める羽目になっている。
要するに、ウォルトラムの人員運用が窮屈になってきたため、シュレクに派遣していた兵員を引き揚げる、そうせざるを得ないという事なのであった。
「……万一の備えはどうするのだ?」
「王都ヴィンシュタットの「龍」連隊と、旧都テオドラムの「梟」連隊の一部を即応体勢に置く。貴卿の言う〝万一の事態〟への備えは、それで何とかなる筈だ」
「……已むを得んか」




