第二百四十六章 シュレクをめぐって 7.モルヴァニア(その3)【地図あり】
「彼の村との伝手を手放す事はできん。利益がどうのと言う以前にな」
――というように国務卿たちの意見は纏まったのだが……では、具体的にどうするべきか。
「表向きの形としては、飽くまで民間レベルでの相談でしかない。国のレベルで動く事はできんぞ?」
「それ以前に、彼の地は未だテオドラムの国内だ。モルヴァニアが表立って動くのは拙い」
「しかし――だからと言って民間に任せ切りという訳にもいかんだろう」
「うむ……」
――問題点は別なところにもあった。両国の……と言うか、シュレク近辺の村人たちの感情である。
先に述べたような吟遊詩人たちの働きで、モルヴァニア国民のシュレクに対する感情は悪くない。しかし、恐らくはそうと知らないであろうシュレクの村人の感情はどうか。長年に亘る仮想敵国であったモルヴァニアを直ぐに信じられるのか?
「……そういう点を考えても、我がモルヴァニアが前面に出て動くのは良くないか」
「ヴォルダバンの行商人という形で体裁を整えるか? その方が向こうも気が楽だろう」
「ふむ……悪くはないな」
大まかな方針としてはそれで良さそうである。しかし、それを実行に移すためには、クリアーすべきハードルが幾つもあった。
「向こうからの条件として、テオドラムに気取られないように――というのがある。これをどうするか」
「ふむ……ヴォルダバンからシュレクを目指すとなると、最寄りの町はウォルトラムになる。されど……ウォルトラムからニコーラムに至る街道は、シュレクには通じておらんからな」
「ガベルの町から旧都テオドラムを経て王都ヴィンシュタットへ、そこからシュレクを目指す事になるが……知られぬようにというのは無理な話だな」
テオドラムにとっても重要な鉄鉱山であったシュレクには、王都ヴィンシュタットからの直通路以外の経路では辿り着く事ができないようになっていた。実際には村人たちが使う細い小径があるのだが、少なくとも軍を移動させるような役には立たない。
況して、鉱山のダンジョン化が確認されて以降、シュレクに至る街道は厳重に封鎖されている。
尤も、今回の目的を考えるなら、ウォルトラム~ニコーラム間の街道から分け入ってシュレクを目指す事もできるだろうが……だとしてもウォルトラムに駐留する「蠍」連隊の目を欺く事は難しい。となれば、モルヴァニア側から直に国境を越えて、密かにシュレクを目指す事になる。小規模な行商人を潜り込ませるだけならできなくはないし、テオドラム側もそこまで目くじらを立てないだろう。
実行に関しては難しくなさそうだが……問題は表向きの部分にあった。
「ヴォルダバンの行商人がそうまでしてシュレクを訪れる理由、それも納得できる理由をでっち上げねばならん」
「現時点では、向こうが寄越すと言っている塩の品質が判らんのが痛いな。量もそこまで多くないという話だし」
「だが、品質の如何に拘わらず、この取引は成立させねばなるまい?」
「単に〝塩が入手できるから〟ではいかんのか? この辺りで塩が手に入るなら、他商品質が悪くとも目を瞑るのではないか?」
「問題はだな、〝テオドラム国内にあるシュレクに行くのに、なぜウォルトラムを通らずに、モルヴァニアから密入国するような真似をするのか〟という点なのだよ」
「ふむ……〝塩など運んでいる事が露見したら、その場でテオドラムに没収されるから〟ではいかんのか?」
「そこまで危ない橋を渡ってでも、シュレクとの取引を望む理由は? 取引量は多くないと明言されているのだぞ?」
「……いや、量の多寡については、外部に漏れる事はあるまい。〝儲け話のために危ない橋を渡った〟で通らんか?」
「『モルヴァニアの行商人』がやるのなら、それで通るだろうが……」
「沿岸国である『ヴォルダバンの行商人』にとっては、そこまで危ない橋を渡る旨味が少ないか……」
「少なくともモルヴァニアを訪れる旨味を示さねば、世間の者とて納得はしまいよ」




