第二百四十六章 シュレクをめぐって 3.クロウ(その3)【地図あり】
近在の村人たちの健康状態が改善される事に異論は無いが、物々交換という形で影響が広まるのはどうなのか。そこのところがクロウには読めない。
『オルフ、ネス、「怨毒の廃坑」の管理者として、お前たちはどう考える?』
クロウの問いに二名が答えて言うには、
『問題無いかと』
『と言うか、この際周辺の村を巻き込んで、独自の経済圏を構築すべきと愚考します』
『独自の経済圏?』
そこまで話を大きくする必要があるのかと訝るクロウであったが……問題の根はクロウが考えるよりずっと深かった。
『……何だと? テオドラムによる物流封鎖?』
『とは言っても、制裁とかそういう意図ではなく、ダンジョンの危険性を恐れての事のようですが』
『何しろスケルトンワイバーンだけでなく、ドラゴンまで登場させましたから』
嘗てクロウは、「怨毒の廃坑」の周辺から目撃者を駆逐するために、スケルトンドラゴンに自前の皮を被せてドラゴンを装わせた事がある。その甲斐あって、環視していた見物人は蜘蛛の子を散らすように逃げ去ったのだが……同時に「廃坑」の危険性を、思いっ切りアピールする結果にもなっていた。
そのせいでテオドラムは、ダンジョン化したシュレクの鉱山に通じる道を厳重に封鎖した訳なのだが……
『戦略上の観点からなのでしょうが、元々シュレクに通じる道は、王都ヴィンシュタットからのものが一本だけとなっていまして』
その唯一の道路が封鎖された事で、ダンジョン村は素よりその近在の村々まで、行商人が来にくい状況になっているという。
『細い小径があるにはあるようですが』
『そうまでして訪れようという行商人は少ないようでして』
『結果、物流が滞っている訳か……』
日用品の入手が微妙に難しくなりつつあると聞かされては、クロウとしても考えざるを得ない。
『おかしな事に、シュレクにおけるテオドラム兵の悪行が知れ渡った結果、吟遊詩人たちがダンジョン村を訪れるようになりまして』
『吟遊詩人?』
『はい。どうやら歌の取材のためのようです』
『何て事だ……』
その吟遊詩人が取材のついでに交易品を持ち込むため、ダンジョン村への物流は完全には途絶えず、細々と続いているのだという。それ以外に、ブートキャンプで鍛えられたスキットルも時々村に舞い戻っては、日用品を運んで来るらしい。存外に感心な男である。
『……だが、物流に不安がある状況に変わりは無い。ならばその状況を打開するために、村間の物々交換を利用しようという訳か』
しかし、そうやって構築した独自の流通網に外部から行商人を呼び込むためには、目玉となる商品が必要になる。ダンジョン村に密かに供給している砂糖なら、目玉としては問題無いだろうが……
『砂糖を介して「廃坑」とノンヒュームとの関係が勘繰られるのは容認できん。かと言って……』
ダンジョン村の村人が考えているようなブロッコリーやトマトは、確かに珍しいかもしれないが、日保ちという点がネックとなって、行商人相手の換金作物にはなりにくいだろう。
マジックバッグという解決策はあるだろうが、そんな者を持っている行商人は多くないであろうし、そうまでして訪れる程の魅力がシュレクにあるかどうかも疑問である。
『そうなると、日保ちという点で芋類が挙げられる訳だが……』
こちらの世界に自生するジャガイモ擬きでは、交易品としてそこまで魅力は無いだろうし、日本から持ち込んだサツマイモが他の土地で栽培されるような事態は――何となくだが――望ましくないような気がする。
『……成る程。これは中々に難問だな』
『それをご相談したかった訳でして』




