第二百四十六章 シュレクをめぐって 1.クロウ(その1)
――話は秋の半ばに遡る。
『作物の物々交換の嘆願が、シュレクの村から上がってる? どういう事だ?』
その日クロウは、シュレクの「怨毒の廃坑」の管理を任せているネスとオルフからの陳情に首を捻っていた。何か不足するものでもあったのだろうか?
『いえ、そういう訳ではなく……』
『ダンジョン村の住人ではなく、付近の村からの要望が引きも切らないようで』
『このところ、我々のダンジョンに詣でる者も増えていますし』
『……ちょっと待て。どういう事だ?』
――オルフとネスの説明を要約すると、以下のようなものであるらしい。
まず、シュレクの旧称「鉱山村」にダンジョンが発生した事は、直ぐに近在の村々の知るところとなり、安否に心を痛めていたらしい。
やがて鉱山村の住人が健在という事を知って――半ば不審がりながらも――安堵していたが、「健在」どころか以前に増して健康になっているという話を聞くに及んで、再び疑惑が再燃した。おっかなびっくり偵察に向かった者たちがそこで見たものは、間違い無く健康になった村人たち……だけでなく、何やら見慣れぬ作物が青々と生い茂った畑であった。鉱山村の水も土も鉱毒によって汚染され、飲用にも栽培にも適していない筈だったのに、これは一体どうした事か。
「鉱山村」改め「ダンジョン村」の村人たちから、全ては「ダンジョン様」のお情けとお力によるものだと説明を受けたが……余計に訳が解らなくなった。少なくとも世間一般で云う「ダンジョン」とは、そんな功徳は為さないものではなかったか?
しかし、目の前には健康になった村人と健全になった畑が厳としてある訳で……偵察員も首を捻りながらも自分の村に立ち戻り、見たままを報告せざるを得なかった。
――この事がきっかけとなって、周辺の村々は「ダンジョン村」への注意を怠らないようになった。
その後は、ダンジョン村だけでなく自村の井戸の水質まで改善した事。偶々ダンジョン村を訪れていた者がテオドラム兵の暴挙と、それを追い払った「ダンジョンのお遣わしめ」――スケルトンブレーブスの事――の快挙を目撃し報告した事。更にはネスがスキットルの訓練を始め、それに関心を抱いたダンジョン村の若者が訓練――クロウに言わせればブートキャンプ――に参加し、やがては近在の村の若者たちまでそれに参加するようになった事などから……
『村に活気が戻った事で、善からぬ思いを抱いた盗賊なども彷徨いていたようですが』
『我々が手を下すまでも無く、村の自警団に追い払われまして』
『……ちょっと待て。その話は聞いてないぞ?』
『大した話でもないので、敢えてクロウ様のお耳を汚すまでも無いと思いまして』
『……まぁ、確かに些事には違い無いか』
想定外の事態が続出して対策に奔走していた日々を顧みれば、ここは寧ろオルフとネスの気配りに感謝すべきであろう。
ともあれ――そういった諸々の事態を経て、近在の村々と「ダンジョン」との距離が縮まっていったらしい。
『結果、何かと村を訪れる近在の村人も増えてきまして……』
『……それと同時に、なぜか我々のダンジョンに手を合わせる者も増加しまして……』
モローの「双子のダンジョン」のように観光地化していないのは、これ偏に、排他的なテオドラムの国内にあるためらしい。さもなくば、見物人が引きも切らない騒ぎになっていた可能性すらあると聞いては、
『………………』
――クロウも長嘆息せざるを得ない。
無言で頭を抱えているクロウに、
『順調に聖域化が進んでいますね♪ マスター』
――容赦の無いキーンの追い討ちがかかる。
『何て事だ……』
だが――オルフとネスの話はここからが本番であった。
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