第二百四十五章 イスラファン鈍刀乱麻 12.モルファン外務部(その1)
「アムルファンが何やら画策を始めているそうだが?」
モルファン外務部の中で外交を担当する者が話しかけている相手は、同じ外務部の同僚ではあるが、対外情報の収集と分析を担当している者である。
「あぁ。年明けを待って、イスラファンに対して国境沿いの共同調査を申し入れるようだ」
「共同調査?」
「調査と言うより安全の確認と言うべきかもしれんな。要は街道沿いにダンジョンが無い事の確認だ」
「しかし……ダンジョンが無い事はイスラファンの当局が確認しているのでは?」
「している。飽くまで〝イスラファンの当局〟――が、な」
「あぁ、そういう事か……」
何しろ問題の街道は、イスラファンとアムルファンの国境に並行して延びているのだ。その街道にダンジョンがあるなどという事になれば、スタンピードが発生した場合はモンスターがアムルファンの国内に雪崩れ込む危険も無視できない。ダンジョンの確認を隣国任せにはできない――という主張には説得力があった。況して……
「〝憖国境沿いという事で、本腰を入れた調査が為されていない懸念がある。その懸念を払拭したい〟というのがアムルファンの言い分だそうだ」
「一理も二理もある要請だな」
「イスラファンの調査員が自国内に立ち入るのも認めるというのだから、これは大幅な譲歩に見える。イスラファンとて呑むしかあるまいよ」
「ふ……どうせ〝調査〟を請け負うのは冒険者。普段から国境など気にせず往来している連中だ。立ち入りの許可など、形だけにしかならんだろうに」
「ま、真実ダンジョンが無いのであれば、イスラファンも気にはせんだろう。……アムルファンの狙いがそれだけなら――な」
「うむ……」
アムルファンとて海千山千の商業国だ。自国民の安全保障だなどと、そんな殊勝な理由だけでこんな話を持ちかける訳が無い。況して、嘗て自国に贋金取引を仕掛けた――という形になっている――テオドラムがこれに絡んでいるのだ。裏の一つや二つ、あるのが当然……というところまでは意見の一致が得られていた。
「……アムルファンの狙いは?」
「仮説だけならある。だが確証が無い」
――アムルファンの計画というのは単純なものであった。「計画」というのも烏滸がましいほどに。
テオドラムがダンジョンを欲してイスラファンに触手を伸ばしているのなら、そのダンジョンがイスラファンに無い事を証明してやればいい――基本はそれだけである。安全確認のためというのは、表向きの理由でしかない。……いやまぁ、完全な空念仏という訳でもないのであるが。
勿論、単に〝イスラファンにダンジョンが無い〟事を言い立てるだけでは、イスラファンへの傾斜に歯止めは掛かるかもしれないが、テオドラムをこちらに引き寄せるには足りぬだろう。それくらいの事はアムルファンにだって解っている。
なのでアムルファンは、状況次第では隠し持っていた切り札を切る事も視野に入れていた。――「ダンジョン」という切り札を。
実は……あまり大っぴらにはされていないが、アムルファンの領内にはダンジョンがある。いや、別にアムルファンにダンジョンがあっても、おかしくもなければ不都合でも不穏でもないのであるが……その事実を広めていないのは、極めて単純な理由からであった。一言で云えばテオドラム対策である。
何しろテオドラムと言えば、〝無いものは有るところから持って来る〟というのを国是としている。欲して已まないダンジョンが、自国に無く隣国に在るというなら、需要と供給の原則に従って、大量の冒険者を差し向けるのは目に見えている。――それこそダンジョンが涸れるまで。
故に、自国の資源保護の観点から、それらのダンジョンは王家直轄とした上で、その存在を秘匿する方針を採ったのであった。
必要とあらばアムルファンは、そのダンジョンの情報をリークして、テオドラムを自陣営に引き込む事まで考えていたが……然しものモルファンもこの時点では、そこまで察知はできなかったようだ。




