第二百四十五章 イスラファン鈍刀乱麻 10.アムルファン(その1)【地図あり】
イスラファンの国内で当局やテオドラム、果てはヤルタ教までが見当違いの蠢動を始めている頃、その隣国でも妙な動きが始まろうとしていた。その舞台はイスラファンの南隣、アムルファンである。
「イスラファンで何やらおかしな動きがあるらしいな」
「あぁ。テオドラムのやつらが南街道を何やら嗅ぎ廻っている。今はヤシュリクに戻ったようだがな」
「イスラファンの南街道か。あそこが不振の折は儲けさせてもらったが……」
イスラファンとアムルファンは(一応は)友好関係にある隣国であるが、それと同時に商売上の競争相手でもある。
クロウが仕掛けた百鬼夜行騒ぎによって、ベジン村を通るイスラファンの南街道が閑古鳥の鳴く有様となっていた時は、代替ルートとしてアムルファンの北部を通る街道が活況を呈していた。
イスラファン当局が南街道の安全宣言を発し、相前後して百鬼夜行の正体を説明するかのような「古文書」の内容が公表されてからは、ゴーストタウンならぬゴーストロードと成り果てていた南街道にも通行人が戻ってきていたが……
「まぁ、あまりイスラファンを刺戟するのもな。あそこはイラストリアとの窓口に当たる」
「あぁ。イスラファンに臍を曲げられると、イラストリアからもたらされるノンヒューム製品の融通に差し障るかもしれん」
「この辺りで温和しく引いておくのが賢明か」
ここでアムルファン北街道に利用者を呼び込むようなキャンペーンを張った日には、イスラファンの感情を逆撫でするのは間違い無い。欲を掻くのはここまでにしておいた方が良いだろう。
「それはともかくとしてだ、イスラファンの南街道沿いにダンジョンが無いというのは確かなのか?」
「イスラファンの公式発表ではそうなっている。ただ――な」
イスラファンとしては自国の基幹街道の安全性に懸念がある――などとは口が裂けても言えないだろうし、向こうの商業ギルド――特にどこぞのご老体辺り――からの執拗な突き上げもあっただろう。
故に、イスラファンの南隣に位置するアムルファンとしては、あの「安全宣言」を額面どおりに受け取っていいのかという問題が出て来る。
「何しろ問題の南街道は、我が国との国境沿いに延びているのだからな。あそこにダンジョンが在るか無いかは、我が国の安全保証にも関わってくる」
「あぁ。無条件に鵜呑みはできんな」
「テオドラムの動きも気になるところだ。何を考えてあんな連中を送り込んだ?」
テオドラム経済情報局の調査員がイスラファンで活動している事は、アムルファンの耳にも入っていた。ベジン村を中心として訊き込みを行なっている事から、目当てはダンジョンであろうと見当は付いたのだが……そこから先が判っていないのはイスラファンと同じである。
「まぁ……あそこはなぁ……」
「あぁ、火の無いところに煙を見るのが得意な国だからな」
テオドラムの国際的評価が知れるような会話である。
「ラスコーにでも探らせるか?」
「忘れたのか? あいつは今イラストリアにいる」
「あぁ……そう言われればそうだったな」
――と、何とはなしに会話が尻窄みになったところで、それまで沈黙を守っていた男が口を開く。
「モルファンが独自にイラストリアに接近している。――知っているな?」
何を今更――という表情で男を見つめる他の面々。
だが、男は彼らの視線を気にするでもなく、ただ淡々と言葉を続ける。




