第二百四十五章 イスラファン鈍刀乱麻 9.イスラファン当局(その2)
愈々話が解らなくなってきたが、ここは一つダンジョンの事を無視して考えてみようという提案が出された。
「つまり……離れた位置にあるテオドラムでも入手できる我が国の情報――という意味か?」
「そういう事になる」
「ふむ……基礎的な情報は措くとして、テオドラムが興味を持ちそうなネタとなると……」
「……仮想敵国であるマーカスやイラストリアに関する情報……あ、ノンヒューム絡みで砂糖や革、それから古酒の情報なんかは……」
「古酒なんぞ我が国にも入っておらんのだぞ?」
「いや……確か、その古酒だの何だのは、海から引き揚げたという触れ込みではなかったか?」
「沈没船……サルベージか」
「しかし、あれをやらかしたのはノンヒュームだろう?」
「船の沈没……船喰み島か……?」
「「「――あ」」」
すっかり忘れ去っていたキーワードを思いがけぬタイミングで突き付けられ、納得と困惑の綯い交ぜになった表情を浮かべる国務卿たち。
「……問題のブツが〝沈没船から引き揚げられた〟ものだとしても、〝実際にノンヒュームが自分たちの手で〟引き揚げたのかどうかは別問題。何者かが引き揚げて隠しておいたのを、ノンヒュームたちが発見した……という可能性も、無くはないんだったな……」
「あぁ。以前にもそういう話が出て来たろう?」
嘗てマナステラの国務会議で検討されたのと同じ問題が、ここイスラファンでも議論の俎上に上っていたらしい。
「そうなると……その『隠匿物資』がどこに隠してあったのかという話になるが……」
「……長年に亘ってそれらを隠し果せたであろう場所となると、確かにそれほど多くはない。恐らくは余人の立ち入りが制限された場所という事になると……」
「船喰み島か……」
「赤い崖……グーテンベルグ城の跡地という可能性もあるぞ?」
「どちらも我が国内に存在するな……」
――成る程。それでイスラファンが容疑者の候補に挙げられたところで、
「……ベジン村でのあの騒ぎが持ち上がった訳か……」
「ナイハルの金貸しどもはダンジョンだと思ったらしいが……」
「……『隠匿物資』の件から連想して、何か埋納――或いは封印――されていたものを掘り出した可能性に気が付いた訳か……」
「『古文書』に書いてあったとおりの内容だな」
「……ひょっとするとだが……古文書の内容を別口から知り得ていた事も……」
そうすると、テオドラムがあぁまでベジン村に固執する理由も見当が付く。……いや、付きそうな気がする。
「古酒と『幻の革』に続く何かが、埋められていた可能性を考えているのか……」
「それは……確かに諦めも悪くなりそうだな」
「しかし、そうすると……」
「あぁ。懸念の残る場所を放置しておくなど、我が国としてもできん」
「こちらからも調査員を差し向けるか?」
……などと、クロウにとって大いに好ましくない流れになりそうであったが、
「……いや。少なくとも船喰み島の方は難しいだろう」
「む?」
「何故だね?」
「ノンヒュームのサルベージ拠点が未だに不明――ちなみみモルファンの方では既に、この島ではないと確認している――なのに、ここで不用意に調査員など派遣すると、件の島がノンヒュームの拠点なのでは――と勘繰る者が出て来よう」
「むぅ……」
「実際にノンヒュームの拠点であったら、甚だ厄介な事になるな」
「あぁ。世情が混乱するだけでなく、下手をするとノンヒュームたちの機嫌を損ねる」
「イスラファンは商業ギルドがやらかしてくれたからなぁ……」
「これ以上ノンヒュームやイラストリア王国の不興を買いそうな真似は慎むべきか」
「そして、船喰み島が拙い以上、赤い崖も拙いという事になる。〝船喰み島を敢えて外した〟――などと誤解されては堪らんからな」
「熱りが冷めるまでは静観か」
「……テオドラムのやつらが余計な真似をしでかさなければ、な」
――一同うち揃って深い溜息を吐いたのであった。




