第二百四十五章 イスラファン鈍刀乱麻 8.イスラファン当局(その1)
テオドラム経済情報局の動きは、彼らが特段隠す気も無く大っぴらに訊き込みを続けていた事もあって、ヤルタ教のみならずイスラファン王国も、やはり早い時期から察知していた。それだけでなく、テオドラムの狙いがダンジョンにあるのだろうという見当も、早いうちから付けていたのである。
そんなイスラファン当局の見解は、〝ダンジョンがあるというなら歓迎だが、あんな場所に欲しくはない〟というものであった。まぁ、基幹街道の直ぐ脇に剣呑千万なダンジョンなど、どこの国だって欲しくはないだろう。
そんな訳でイスラファンとしても、ベジン村の近郊にダンジョンが存在する可能性があるという申し立ては――仮令それが九分九厘まで与太噺に過ぎないと解っていても――無視する事はできなかった。よって冒険者ギルドに依頼を出して、事の真偽を明らかにさせたのだが……
「その結果、問題の場所にダンジョンは見当たらないという事実が確認できた訳だ」
「あぁ。その後に問題の怪異について、その正体と来歴を説明するような古文書まで現れてくれた。……まぁ、正直言って出来過ぎのようなタイミングだが」
「だが、その甲斐あって民は落ち着きを取り戻してくれた」
「うむ。商業ギルドからも、南街道を使った流通が旧情に復しつつあるとの報告が届いている」
「総じて喜ばしい方向に向かっているというのに……」
――なぜ、このタイミングでテオドラムなどがしゃしゃり出て来きて、しかも寝た子を起こすかのように、ベジン村で訊き込みなど始めたのか。商業ギルドもテオドラムの意図が判らず困惑、一部の商人などは激昂しているそうだが。
「……本音を言えば、不審人物として検挙・拘束・追放してやりたいぐらいだが……」
「幾ら何でもそれは拙かろう。我が国はテオドラムと事を構えている訳ではない。……少なくとも今のところは、な」
この微妙な時期に余計な真似をしてくれたテオドラムへの反感を――当のテオドラムの意に反して――募らせたイスラファンの国務卿たちであったが、一頻り鬱憤を口に出した事で、少しは頭も冷えたらしい。議論はもう少し建設的な方向へ進んで行った。
「しかし……なぜまたテオドラムは、こうまでベジン村に固執するのだ?」
「それだけダンジョンに対する希求が強いとも考えられるが……」
「うむ……」
「しかし……ベジン村にもその他の二つの村にも、ダンジョンの痕跡は確認されておらん。その事は疾っくの疾うに公表した筈ではないか」
「それも、古文書の解読結果というおまけ付きで――な」
あぁそれなのに、それなのに……それらの情報を無視してまでも、なぜにテオドラムはベジン村に固執するのか。当惑を深めるイスラファンであったが……その理由は呆れるほど単純なところにあった。
実は微妙な――と言うか、もはや絶妙な――タイミングでの擦れ違いで、経済情報局の調査員がヤシュリクにいる時には安全宣言も古文書の発表も為されず、彼らがヤシュリクを発った後にそれらが発表され、しかもその情報がベジン村に届いた時には既に彼らはガット村に向かっており……という具合に、安全宣言と古文書の情報が届くのを待たずして次々と移動して行った結果、情報が届かなかったのである。
しかし、そんな間抜けな裏事情は、さすがのイスラファンも知るところではなかったと見えて……
「……テオドラムがこうまでベジン村の……いや、こう言ってよければ〝我が国内の〟ダンジョンに固執するのには、何かの根拠があると思うか?」
「……我々が気付いていないだけで、国内に未知のダンジョンがあるというのか?」
……などという愉快な誤解が生まれたりする。
尤も、さすがにそれは強弁が過ぎるだろうとの意見が支配的であったのだが、
「……事実はどうあれだ。テオドラムがそう誤解しているというのは……これは無視できんのじゃないか?」
「テオドラムの誤解の根拠か……」
実際のところはテオドラムも、ダンジョンの実在については半信半疑であり、それでも一応調査だけはやっておこう――という程度の考えで調査員を派遣したのであったが。
ちなみに、テオドラムがダンジョンの所在を気にするのは、ダンジョン素材を得たいがため……という理由もあるのだがそれ以上に、このところ陸続と現れるダンジョンが、テオドラム包囲網を構成している可能性を危惧しているからである。
だが――このテオドラムの懸念については、イスラファンをはじめとする各国は気付いていなかった。その事が、何とも言えぬ誤解と齟齬を生み出す元になっているのだが……それはともかく、
「……ダンジョンの存在を疑わせるものなど、我が国にあったか?」
「素材なども特に売り出してはおらんしなぁ……」
「それに……テオドラムの密偵が我が国に来る前から疑いを持っていたとすると、その理由は〝国内に来ないと判らない〟ものではなかった筈だ」
「うむ……」
「確かに……」




