第二百四十五章 イスラファン鈍刀乱麻 5.テオドラム経済情報局調査員@再びヤシュリク
「安全宣言か……」
「イスラファンも思い切った真似をしたもんだな」
ヤシュリクの町で複雑な表情を並べて話し合っているのは、テオドラム経済情報局の調査員たちである。
当初はベジン村だけで調査を終える予定であったが、案に相違してベジン村での収獲が乏しかったのと、同時にこの「スタンピード」の異常性が明らかとなったため、これはやはり残り二つの村も調査すべきではなかろうかという事に話が纏まった。
ベジン村を発った後、村人たちに教えられた間道を抜けてガット村に向かった彼らは、そこでもまた奇々怪々な異変が起きていた事を教えられた。取り分け彼らの興味を引いたのはパン焼き窯の一件であり、少なからぬ「拝観料」を払って、実物を間近に見る事ができた。まぁ、その「拝観料」はしっかり必要経費で落としたのであったが。
ここでもナイハルの意を受けた冒険者たちが調査を行ない、村の近辺にもパン焼き窯にもダンジョンの気配は無いと結論付けたという話は、これまた調査員たちの興味をそそった。
その後、幸いにもネジド村へ伝令に行った者から話を聞く事ができ、ネジド村では異変が無かったが、笑い声が裏山に向かって行ったという話を教えられる。
ここに至ってはネジド村まで足を伸ばすしかあるまいと決意した彼らは、四日間の行程を経てネジド村に到着。そこで簡単な訊き込みをして、ここにもナイハルの冒険者の手が伸びている事を確認。笑い声が消えていったという裏山は、ざっと眺める程度でお茶を濁すと、ここではこれ以上得るものは無いだろうという事で、ヤシュリクへ戻る事を決めた。
来た時とは逆の行程を辿って彼らがヤシュリクへと舞い戻ったのは、もう年も暮れようかという時期であったが、そこで彼らが耳にしたのが安全宣言と古文書の件であった……というのが冒頭の会話に繋がるのである。
「一応前後関係を確かめてみたんだが、安全宣言が出されたのが先らしい」
「古文書の件を待たずに安全宣言に踏み切った訳か?」
「それはまた……イスラファンも思い切った真似をしたもんだな」
「だが、結果から見ると上々の首尾だったと言える」
調査員たちは改めて顔を見合わせる。
「……イスラファン当局は、事前に古文書の内容を知っていたと思うか?」
「……恐らく、な」
実際には違うのだが、ここまで話の平仄が合っていると、無関係と考えにくいのも事実である。
何しろイスラファンの当局が、これ幸いと「古文書」の内容を広めているのだ。疑いを持たれるのも仕方の無い事であろう。
「だとすると……イスラファン上層部が冒険者ギルドと組んで、ヤシュリクを蚊帳の外に置いた……そういう事にならんか?」
些か強引な結論ではあるが、話の流れからすると、そういった疑いが頭を擡げてくるのも、まぁ宜なるかなと言えるだろう。
しかし、ここで調査員の一人から物言いが付く。
「いや、ヤシュリクを――と言うより、商業ギルドを蚊帳の外に置いたではないのか?」
「あぁ……確かに」
「このところの商業ギルドの失態を知ればなぁ。そう考えたくもなるか」
不満を持つ非主流派の商人がぼやきでもしたのか、イスラファン商業ギルドの一連の失策については、ギルド外でも密かな噂となっているようだ。
「しかし……安全宣言を出した事は、結果的にヤシュリクの商業ギルドを利した事にならんか?」
「確かに……」
「……我々は職掌がらそうせざるを得んが……あまり経済的な視点に囚われると拙いのかもしれんな」




