第二百四十五章 イスラファン鈍刀乱麻 3.テオドラム経済情報局調査員@ベジン村(その1)
欲と使命感に目を曇らせてベジン村を訪れたテオドラムの経済情報局調査員たちであったが……一言で云ってしまえば困惑していた。
彼らを困惑せしめているものは多々あるが、最初に明らかになったのは、ベジン村が一向に潤っていないという事であった。
彼らの当初の予想では、ベジン村は長年に亘ってダンジョンを秘匿し囲い込み、得られたダンジョン素材をこっそり売って利益を上げている筈であった。でなければ、年季の入ったダンジョンによるスタンピードが村内に現れる……などという突拍子も無い事態が起きよう筈がないではないか。
そして――ダンジョン素材を売った利益で村が潤っているのなら、必ずや村民の生活にそれは顕れてくる筈である。余人はいざ知らず、自分たちは経済の専門家だ。その目を欺く事などできまい――と、自信満々でベジン村にやって来たのであるが……
「……そんな様子が見えないんだよなぁ」
当てが外れた様子で憮然とした表情を並べる彼らであったが……実は、ここへ来る道中で既にその兆候はあった。何かと問われれば素材の件である。
イスラファンの商都ヤシュリクから馬車で三日、徒歩でならゆるりと五日の道中であるが、その間にダンジョン素材の話がチラリとも聞こえてこなかったのである。ヤシュリクの商業ギルドに知られるのを懸念して、ナイハル方面に流しているためかとも思っていたのだが、いざベジン村へ来て、村が潤っていないのをみると……
「……この件にベジン村が関わっていない公算は大きくなったが……だからと言って、ここにダンジョンが無いと断ずる訳にはいかん」
「うむ。ベジン村以外の何者かが、ダンジョンの素材をナイハル辺りへ流している可能性は無視できんからな」
祖国テオドラムとしては、この地にあるであろうダンジョンを見つけ出し、できればその利権に食い込みたいというのが本音である。それが身に沁みて解っているだけに、彼ら経済情報局の調査員もこの地でダンジョンを見出そうと躍起になっていたのだが……どうも風向きがおかしくなった。
何しろ、ベジン村の村人から話を聴いた限りでは、問題の「スタンピード」というものは……
「……何と言うか……〝素材〟の得られそうな魔物ではないような……」
「あぁ、そんな気がするな」
村人たちの話を額面どおりに受け取るなら、ベジン村に現れたのは「怪異」であって、「魔物」でもなければ「モンスター」でもない。素材が得られそうな気がしないのだ。
……と、いう事は……
「……仮にこの地でダンジョンを発見しても、それが国益に結び付かん訳か……」
「いや、そう判断するのは早計だろう。素材以外の国益が無いとも限らん」
「あぁ。国益云々はお偉方に判断してもらえばいい。俺たちの仕事はそうじゃない。ここにダンジョンが有るのか無いのか、それを確かめる事だ」
――という具合に巧言を並べて、ババ札から手を引く方針を暗々裡に確認する。下っ端は保身と要領を以て旨とすべきなのだ。
「――で、だ。実際にダンジョンは有るのか無いのか?」
「それなんだが……村のやつらが気に懸かる事を言っていた。一月ほど前、ナイハルの冒険者たちが村を調べにやって来たそうだ」
「何?」
「それは耳寄りな話だな……」
冒険者がこの村を調査にやって来たというのも気になるが、その冒険者がナイハルからやって来たというのも気に懸かる。ナイハルと言えば、自分たちが素材の流出先として想定している、まさにその町ではないか。
その〝ナイハルの冒険者〟がベジン村の調査を行なって、〝ダンジョンは無い〟と結論づけたというのは……
「これは……額面どおりに受け取っては拙いか?」
「あぁ。頭から否定する訳にもいかんが、然りとて鵜呑みにはできんだろう」
「もしもナイハルの冒険者ギルドが偽装に動いたというのなら……黒幕はナイハルの冒険者ギルドか?」




