第二百四十五章 イスラファン鈍刀乱麻 2.テオドラム経済情報局調査員@ヤシュリク(その2)
「……ダンジョンのやつ、余程巧妙に隠れているのか」
〝ダンジョンが隠れるって……どうやって?〟――とでも物申したいところである。
外から獲物を引き入れるというダンジョンの生態と整合しない。少しでもダンジョンの事を知っている者からは、決して出て来ない発想であろう。
尤も、彼ら自身もさすがにこの発想には拘泥しないようで、
「いや……件のダンジョンがもたらす素材の価値が低いとか、逆に価値が高いために素材が現地で消費されて、ヤシュリクにまでその情報が届いていない可能性もある」
「現地の奴らが口裏を合わせてダンジョンの情報を秘匿していると?」
「それだけの価値があるダンジョンなのかもしれん」
「素材の持続的な確保を優先して、大規模な討伐を避けてきたツケが、今回のスタンピードとなって現れた訳か」
……ありもしないダンジョンの幻は、ついに持続的に利用可能な資源にまで出世したらしい。
「ふむ……確証と言えるものは無いが、説得力のある仮説と言っていいだろう」
「確かに」
「うむ、蓋然性も説得力も充分だろう」
――無ぇよ。
「そうなると……このダンジョンは国からも……イスラファン王国もその所在を把握していないという事か?」
「あぁ、その可能性は充分にあるだろう」
「これは……我が国にとってのこのダンジョンの価値は、これで益々高まったな」
ありもしないダンジョンの価値を云々されても――と思うが……こうもテオドラムがこの「ダンジョン」に固執するのには訳がある。平たく言えばダンジョン素材の確保である。
自国内に〝利用可能な〟ダンジョンを持たないテオドラムとしては、ダンジョン素材が入手できるダンジョンは、これは喉から手が出るほど欲しい。ここでそれが手に入るのなら、手を出さない理由はどこにも無い。
その意味では、テオドラムはイスラファン国内にダンジョンがある事を望んでいる訳で……それが経済情報局調査員の目を曇らせた一因でもあった。
余談ながら、実はイスラファンの国内にダンジョンは――クロウのダンジョンを除いては――存在しない。……と言うか、少なくとも知られてはいない。
ただし――テオドラムとは違って、イスラファン国内でダンジョン素材が流通していない訳でもなければ、イスラファンの冒険者がダンジョンアタックの経験を積んでいない訳でもない。どういう事かというと……実は以下のような事情があった。
隣国イラストリアとの国境を成す山脈「神々の西回廊」、その西側斜面には、実はダンジョンマスター不在のダンジョンが幾つかあり、イスラファンの冒険者はそこからダンジョンの素材を得ていたのである。
ダンジョンの所在地が厳密にはイラストリアの領土内という事もあり、それらのダンジョンは〝涸れ〟ないように注意して利用されていた。その結果、ダンジョンの利用に関わる利権は既にガチガチに固められており、新参のテオドラムが関与できる余裕は無い。
一言で云えばテオドラムにとって、〝イスラファン南街道粋筋に存在する〟ダンジョンは極めて価値の高いものであり、その発見と関与は待った無しの重要案件となっていたのである。
なので……
「これは……ヤシュリクにいては埒が明かんな」
「うむ。ここはどうあっても、現地に行く必要があるだろう」
「そうと決まれば、一刻も早くベジン村とやらへ向かおう」
「待て。目的地はベジン村だけでいいのか? ガット村とネジド村はどうする?」
「今回はそこまで気にしなくていいだろう。その二つの村はスタンピードの向かった先であって、発生地ではない」
「……だな。スタンピードの目的地というのは気になるが……いや、やはり今回はベジン村を優先すべきだろう」
……ネジド村後背部の山には、「隠者の洞窟」という正真正銘のダンジョンがあるのだが……それが発見される危険は遠退いたようだ。




