第二百四十四章 クロウ~日本暦一月一日~ 5.ボルトン工房(その2)
「いやクロウさん、こう言っちゃ何だが、そりゃちっとばかし目算が甘ぇと思うぜ」
「雪祭り目当てにやって来る見物客も多いですからねー」
「……雪祭り?」
思いがけない単語が飛び出して来た事に、不審の表情を隠せないクロウ。そんなものがあったとは初耳だが?
「始まったのは二年ぐらい前からみたいですよ」
――と、説明役を買って出たミケルが口を開く。
「二年前……」
クロウには一つ心当たりがあったが、案の定――
「えぇ。何でも最初は、誰からともなく雪坊主のジャックを作って並べたのが始まりだったみたいですけど」
「ほほぉ……」
「で、冬場の集客策が欲しかったシャルド側がそれに目を付けて、去年から本式に始めたみたいです」
「雪坊主のジャックで冬場の集客を?」
いくら何でも無理ではないかと言いたげなクロウであったが、
「あ、いえ、少し違うんです。集客策と言うよりは引き留め策と言うか……」
「?」
「つまりなクロウさん、狙いは新年祭目当てにやって来た客なのよ」
「あぁ……成る程」
要はノンヒュームたちが新年祭に出す出店、国内外からあれ目当てに集まって来た客を、逃がす事無くシャルドに引き留めようというものらしい。成る程、それくらいなら雪だるま品評会のようなプチイベントでもどうにかなりそうだ。
「いや、クロウさんよ。今やそんなチンケなもんじゃなくなってるみてぇだぜ」
「『封印遺跡』の扉に刻まれた謎の魔法陣、あれの模刻を筆頭に、力作がズラーっと並ぶそうですよ? 何でも国中の腕自慢が勢揃いするとか」
「へ、へぇぇ」
深い考えも無くクロウが作った雪像が、ちょっとした雪祭りにまで発展したらしい。今後も続くのかどうかは不透明だが、それでもクロウには感慨深いものがあった。
「ま、そっちは年明けてからが本番なんだが……それはともかくとしてクロウさんよ、ちっとばかしご相談してぇ事があるんだが……」
「……相談?」
ボルトンの態度にそこはかとない危険を感じ取ったクロウが、警戒の念を露わにするが……版画工房の主が絵師に話があると言えば、その内容は絵の事に決まっている。そして――このタイミングで持ち掛けられる絵と言えば……
「王女殿下のお輿入れ……じゃなくて留学の行列ですか」
「おうよ。何たって他所の国のお姫様が、行列仕立ててお見えになるなんざ、そうそう何度もあるこっちゃ無ぇ。って事でクロウさん、こいつぁ是非とも受けてもらいてぇんだが」
言われたクロウは渋い表情を隠せない。クロウとしては、王女が来る前にバンクスをおさらばしたいのが本音なのだが、早手回しにカールシン卿がボルトン工房を訪れていたせいで、こっちから言い出す前に先手を取られた形である。
予てから懸念に上っていた案件だが、結局のところ有効な対策を思い付けなかった。唯一採り得る対策としては、日程の不都合を言い立てるくらいである。
「ご留学は五月祭の少し前くらいでしょう。その時期までバンクスに居残るのはちょっと……」
「そりゃ解ってる。けどよ、王女殿下の行列は、何でもエルギンにも寄るそうじゃねぇか。エルギンなら、エッジ村からもそう遠くねぇだろ?」
……クロウに断る術は無かった。
――斯くして、慌ただしかったクロウの元日(日本時間)は終わったのである。




