第二百四十四章 クロウ~日本暦一月一日~ 3.パートリッジ邸(その2)
「いえ、そこが思い付きなんですが……現場の傍に展示室みたいなものを設けられませんかね?」
「展示室? ……じゃが、気楽に展示できるようなものは、現時点では見つかっておらんが?」
抑の話、気楽に展示できるようなものというのは、考古学的な価値――市場価値とは必ずしも一致しない――も低いものが多い。と同時に、見映えの点でもあまりパッとしないものが大半である。客だって興味を引かれないだろう。
「いや――そこで相談なんですが……今回スケッチする見映えの良い出土品、あれの複製品を展示できませんかね?」
「複製品じゃと!?」
二十一世紀日本人のクロウの感性では、博物館には複製品が付きものである。考古学的な遺物だけでなく、化石のレプリカというのも珍しくない。土器とかだと却って難しいかもしれぬが、宝飾品の複製品なら、作れる者は相応にいるのではないか? ……贋作者という名で呼ばれているかもしれないが。
「成る程のぅ……確かにそれなら、見物人も詰めかけるかもしれんが……」
「縮尺を変えた複製品を、高価な土産物として販売するのもいいですね」
「うぅむ……」
クロウは二十一世紀日本人の感覚で気楽に提案しているが……抑の話、国宝の類を国民や観光客に公開・供覧しようなどというのは、この世界では異端的な考えであった。クロウもそこは気を遣ったのか、複製品という代替策を提案していたが……抑複製品の展示という発想自体が、この世界ではあまりにも斬新に過ぎた。パートリッジ卿が絶句したのも宜なる哉である。
だが――現在の問題を解決する方策としては悪くない。既に封印遺跡で似たような事をやっているので、その延長と考えれば……まぁ、納得できない事も無いだろう。
だが、そうなると観光スポットとなるのは展示室で、発掘現場は公開しないのか?
「いえいえ、何を仰いますか。出土した現場とセットで公開するからこそ、鑑賞価値が高まるというものではないですか」
「じゃが……再三言うように現場はただの穴ぼこにしか過ぎんし、あまり近寄らせる訳にもいかんのじゃが?」
「えぇ。ですから遠くからでも見られるように、何ヵ所かに望楼のようなものを造ってはどうかと思うんですが。広大な遺構も高みからなら、全景を目にする事もできるでしょうし」
「望楼じゃと!?」
パートリッジ卿とて望楼すなわち物見櫓を知らない訳ではない。軍事的な目的でそれが建てられる事も、或いはまた、景勝地などでは往々にして景色を眺めるための展望台が設えられる事も知っている。ただ――たかが発掘現場を見せるためだけに、態々望楼なんてものを建てようという発想に至らなかっただけだ。
「……ちと大袈裟に過ぎんかのぅ?」
「かもしれません。自分はただ思い付いた事をそのまま口に出しているだけですから。ただ、今回の出土品の重要性……と言うか話題性が、御前の仰るとおりだとすると、発掘現場全体が好奇の的となる可能性があるのではないかと」
「うむぅ……」
「その場合、望楼に誘導する事で、観光客が不作法な振る舞いに出るのを防げるのではないかと。或る意味、敷地面積が広大な事を逆手にとる訳ですが」
「ふむぅ……」
「まぁ、その辺りは費用対効果を確り算定してから決めればいいんでしょうが」
クロウには見映えのするスポットを幾つかスケッチしてもらい、それを売りに出せば大丈夫だろう……などと甘い算段をしていたパートリッジ卿としては、大番狂わせに想定を引っ繰り返された形である。思わず渋い表情になるのを止められない。
が――クロウは毫も怯む気配を見せず、
「ボルトン工房の事もありますし、とりあえずは冬景色を何枚かスケッチしておこうと思います。それ以外の場所については、王国側の判断待ちになるんでしょうが……発掘が本格化する前に、一度は雪融け後の現場を見ておいた方が良いでしょうね」
クロウが小さな溜息を吐くのを見て、少しだけ胸の痞えが下りたような気になるパートリッジ卿。我ながら性格が悪いとは思うものの、自分一人が厄介事を背負い込むのではないという思いは、ストレスを少しだけ和らげてくれた。……若干の自己嫌悪と引き換えに。
「では……この後はボルトン工房にも廻る必要がありますので、宜しければこの辺でお暇乞いを」
「うむ。面倒な事を押し付けてすまなんだの」
「ま、それはお互い様という事で」




