第二百四十三章 ボルトン工房 1.カールシン卿vsミケル 個人情報攻防戦(その1)
クロウがマーベリック卿と熱い戦いを繰り広げたのと同じ日、別の場所でやはり熱い戦いを繰り広げようとしている者たちがいた。戦いの舞台はボルトン工房、カードはカールシン卿(モルファン王国所属)vsミケル(ボルトン工房所属)である。
だが、その熱戦の様子を語る前に、些か迂遠の誹りを受けるかもしれないが、この状況に至るまでの経緯を説明しておくと……カールシン卿がここボルトン工房の事を聞いたのは、奇跡の復興成ったシャルドの町においてであった。
カールシン卿がイラストリアを訪れた時、ひょんな事から第一大隊第五中隊の歩兵第二小隊長であるボリス・カーロック率いる特務班――任務は道路状況の視察――と行動を共にする事になったのは、既に述べてきたとおりである。
道中それなりに気安くなった彼らの旅も、ボリスたちの勤務地であるシャルドに着いたところで終わりを迎えたのだが……そのシャルドの地というのは、人族とノンヒュームとが手を取り合って住んでいたと目されている事もあり、モルファンとしても関心を寄せている場所であった。
そんなシャルドで新たな遺跡が発掘中だと耳にしたカールシン卿は、自分もしくは来年留学して来る王女が遺跡の内部を見学できないものかとの希望を抱く。
――が、封印遺跡と古代遺跡の何れもが、内部の見学ができるような状態にはなっていないとボリスに否定される事になった。
カールシン卿も半ば駄目元で訊いた部分もあったのだが、それでもやはり残念な事に変わりは無い。長嘆息していたカールシン卿を慰めようとしてなのか……
〝でも、内部の様子を描いた版画なら売っていますよ。それはもう見事な出来映えで〟
〝バンクスの町では、同じ画家によるバンクスの冬景色を描いた版画も売ってるとか〟
……などという余計な一言を宣ったのである。
その後の紆余曲折を経てバンクスを訪れたカールシン卿が、クロウの手になる「シャルド雪景色」の版画を手に入れんものとボルトン工房を訪ねたのは、極めて自然な流れであった。
シャルドでは画家の情報が得られなかったため、ここボルトン工房でその情報を入手する気満々でやって来た……というのが、ここまでに至る前段であった。
自分が大国モルファンの特使である事を明かした――要は恫喝である――後に、柔やかな中にも圧を込めて、原画家の情報開示を迫るカールシン卿。クロウへの義理を欠きたくないボルトンであったが、カールシン卿の笑顔に威圧されて腰が砕けそうになったところで、こちらも負けず劣らず柔やかに登場したのが、ボルトン親方の弟子のミケルであった……というのが、ここまでの流れである。
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「この原画を描かれた方は旅の絵師でして、原画を仕上げられた後でバンクスを発たれたのですよ」
――ミケルの発言には一言の嘘も無い。
ただ、クロウがその後も度々バンクスを再訪しているだけである。
「……連絡は取れないだろうか?」
「生憎と自分たちも、彼の仁が今どこにおいでなのかは存じませんので、連絡先と言われても……」
――これも嘘ではない。
エッジ村に拠点があるような事はチラリと耳にしたが、そこに腰を据えているのではなく、あちこち歩き廻っているとも聞いている。なので、正確な所在と言われても、真実答えようが無い。
例年どおりならそろそろバンクスを訪れる頃だが、確かにバンクスに来ているかどうかについては正真正銘知らないので、連絡先を訊かれても困る。
「樫の木亭」? あれは去年の投宿先です。今年がどうなのかは知りません。
「抑、件の絵師殿に如何なる御用でしょうか?」
もの柔らかに鰾膠も無く、カールシン卿の探りを退けたミケルであったが、敵の攻勢が弱まったと見るや、今度は一転して逆襲に転じた。