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第二百四十二章 善人(?)たちの夜 20.「文明論の概略」(その4)

 クロウがこの時念頭に置いていたのは、(かつ)てこの地をパンデミックが襲った可能性であった。

 現代日本人であるクロウにしてみれば、感染症のパンデミックによる社会の崩壊・変質は、単に歴史的な事実――スペイン風邪や黒死病(ペスト)にコレラ、新大陸を襲った天然痘など――であるだけでなく、現在進行形でその影響を(こうむ)っている。

 小集団に分かれて住まい、密な交流を避ける現在のエルフの姿から、ロックダウンした都市の姿をイメージするのは無理のない流れであった。



「感染の拡大を防ぐために、小集団に分かれての孤立を選んだのか……」

「限られた範囲に集中して居住し、他者との交流が密である程、感染が拡がるリスクも大きくなります。敢えて小集団に分かれたと言うより、死者が続出した結果として小集団化した可能性も無視はできないかと」

「うむ……」



 人口の密集による感染症の拡大は、都市化の代表的な弊害として、クロウの――いや、現代日本人・(からす)丸良(まるなが)(ゆき)の知る歴史学でも取り上げられていた。魔法という要因があるにせよ、こちらでも同じ問題は成立し得るであろう。



「更に想像を逞しくしてみます。問題の疫病が他の地方からもたらされた、それまで未知の疫病であったとしたら……」

「……抵抗力の低いこの地の住民は、バタバタと倒れていった可能性がある……」

「最悪の想定として、その疫病をもたらした者が人族であった可能性も捨て切れません」

「事実の記憶は薄れても、人族との交流を避ける方針だけは残ったか……」

「エルフは長命な種族ではありますが、長命であるが故に繁殖力は低い。従って……」

「……社会全体が大規模なダメージを負った場合、そこからの回復に時間がかかる――か……」



 この辺りクロウの発想は、学生時代に知り合った友人からの受け売りである。生態学専攻のくせに人文科学の講義を受けに来ていた酔狂人であったが、その友人によれば生物とは()()べて、r戦略者とK戦略者に分けられるらしい。生物としての競争力・寿命・成長速度・移動能力などを勘案したグループ分けだそうだが、それによると――


 r戦略者は概して、競争力が低く寿命が短い反面で成長力と移動力が高いのが特徴で、競争相手のいない攪乱(かくらん)跡地に素早く進出して繁栄し、機を窺っては別の攪乱地に移動するという戦略を採用しているらしい。

 これに対してK戦略者は、高い競争力と長い寿命にものを言わせて、じっくりと腰を据えてその地の覇権を奪取するらしい。


 今現在論じている仮説に()()めると、人族がr戦略者的でエルフがK戦略者的と言えるだろうか。

 だとすると……エルフはそのパンデミック以来、(かつ)ての繁栄を取り戻せていないと言えるのかもしれない。



「ふむ、そうじゃとすると……その疫病の(しょう)(けつ)が起きたのはいつ頃の事であったと、クロウ君は考えておるのかね? シャルドの古代遺跡と封印遺跡には年代的に大幅な隔たりがあるが、そのどちらからも、人とノンヒュームの共存・協力を示唆する遺物が出ておる訳じゃが?」



 興味津々といった表情でパートリッジ卿が問いかけてくるか……そんなのはクロウにだって判る訳が無い。



「自分は単なる妄想を吹いたに過ぎませんからそこまでは。それは学者の先生方の仕事でしょう?」



 やんわりとそう釘を刺してやると、パートリッジ卿もマーベリック卿も決まり悪げに視線を(かわ)す。好奇心から欲を掻いたという自覚はあるようだ。



 ――何はともあれ、こうしてクロウの長い夜は終わりを告げたのである。

この話はフィクションです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます。 そして、いつもながら【知への呼び水】を大変興味深く拝読しております。 [気になる点] ただ一点だけ。 作者様の全作品に共通しているのが、女性へのヘイトが溜まりや…
[良い点] とりあえず、論破で危機を脱したクロウ。 [一言] >この話はフィクションです。 この物語(フィクション)の中で クロウによって語られるフィクション。
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