第二百四十二章 善人(?)たちの夜 16.クロウ失言連鎖
「他の国でも似たようなものなんですかね?」
「どうだろうねぇ……そういった事は冒険者ギルドに訊ねた方が早いのではないかね?」
「まぁ……そうですね。失礼しました」
「いやいや。……あぁ、そう言えば……」
「……何か?」
「いや……このところテオドラムでは、ダンジョンが相次いで発見されたと聞くね」
シュレクの「怨毒の廃坑」と、マーカス国境に出現した「災厄の岩窟」の事だろう。どちらもクロウの手になるダンジョンである。
他の面々は一頻りその二つのダンジョンの話――シュレクの「怨毒の廃坑」についてはテオドラムが多くを明かしていないので、実際にはほぼ「災厄の岩窟」の話――で盛り上がったが、迂闊に会話に参加するとヤバそうな気がしたクロウは、軽い相槌を打つ程度に留めておいた。
そして頃合いを見計らって、話題をもう少し穏当なもの――註.クロウ視点――に誘導しようと試みる。不自然な話題転換にならないように気を配って、クロウはロイル卿に話しかけた。
「そう言えば……お国にはノンヒュームが多いと聞きますが、ノンヒュームとダンジョンの密度に関連は無いんですか? 魔素の密度とか何とか?」
クロウにしてみれば何の気無しの発言であったのだが、ここでロイル卿を差し置いてクロウの話に乗ったのがマーベリック卿。クロウにしてみれば意外……と言うか藪蛇の展開である。
「いや……誤解される事も多いようだが、それは無い。確かにエルフは魔素の豊富な森にしがみ付く傾向があるが、少なくともダンジョンの周囲を好んだりはしないよ」
〝しがみ付く〟という表現にやや軽侮の念が見え隠れしたように思えたが、クロウの違和感を置き去りに、マーベリック卿の話は続く。
「獣人は魔素の多寡に拘わらず、森でありさえすれば気にしないようだ。……まぁ、魔素の少ない森というのがあるかどうかは知らんが……少なくとも彼らに訊き取りした限りでは、殊更に魔素の濃淡を気にしている様子ではなかった。獣人たちは種族的に、魔力がそこまで多くないせいかもしれんがね」
「ははぁ……」
「ドワーフだが、彼らの関心は魔素よりも鉱脈に向いている。学院にもドワーフの講師がいるが、ドワーフが腰を下ろす要因は酒と鉱石と言って憚らん男だ」
――無論、ギブソンの事である。
「ははぁ……」
「ドワーフなら確かに言いそうじゃの」
「ノンヒュームと言っても、基本的な生活様式は人族のそれと大差無いからね。魔素の濃淡だけに縛られている訳ではないよ」
「成る程、これは自分の誤解でした」
――と、ここまでなら然したる問題も無かったのだが、
「魔素の濃淡に分布が規定されるのは、寧ろモンスターや魔族、或いは精霊といったところだね」
……などとマーベリック卿が付け足したものだから、クロウとしては心穏やかでいられなかった。配下にはモンスターも魔族もいるが、特に地雷になりそうなのが精霊たちである。何しろ数が多い上に、このところ彼らの間では、「精霊門」を介しての長距離移動がブームである。〝精霊の分布〟なんて話題で盛り上がられた日には、どこでどんな不穏フラグが立つか知れたものではない。
そんなクロウの屈託などどこ吹く風と、他の面々は魔族や精霊の話題で盛り上がる。クロウとしてはヒヤヒヤものなのだが、幸いにして精霊を視られる者が多くないせいか、精霊たちの動きは未だ気取られていないようだった。
これはこれで得難い知見なのかもしれないが、そろそろストレスが昂進しつつあるのを自覚したクロウは、再び話題の転換を図らんものと、手頃な糸口を物色し始める。そして――マーベリック卿のその一言が、クロウには手頃な切っ掛けのように思えた。
「……各地に遺された言い伝えなどでは、昔は今より精霊の数も多かったそうだ。それだけ魔素や魔力が豊富だったのだろうね」
「ははぁ……すると、あれですか。その頃はエルフたちも、今より大きな国を作っていたんですかね」
――これが決定的な引き金となった。
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