第二百四十二章 善人(?)たちの夜 11.悪巧みのお誘い(その1)
柔やかな笑みを湛えて事も無げに言うパートリッジ卿を、エイブことエイブラム・マーベリック卿は疑わしげに見つめる。
「そうじゃ。年明けて王都へ戻る時に、ちょっとした小荷物を運んでもらいたい。簡単じゃろ?」
「……おぃ、ちょっと待て。まさか、その荷物というのは……」
「うむ。ここにお披露目したような、エルフと人族の交流を示唆する古代遺物、その幾らかを王都に持ち帰ってもらいたい。こっそりと、の」
――案の定、厄介な事を言い出した。
そんなサスペンスフルな任務は自分の職分ではないと拒みかけたマーベリック卿に、パートリッジ卿が被せるように言葉を繋ぐ。
「何しろモノがモノじゃでの。太鼓叩いて大っぴらに持ち帰る訳にはいかん。という事はじゃ、こっそり持ち帰るしか無い訳じゃが――その上手い名目が見当たらなんだ」
時は年末。王都からバンクスへやって来る者は多けれど、逆にバンクスから――新年祭を前にして――王都へ向かう者などほぼいない。故に、年明けてからそれら帰還者に紛れ込ませて、王都に持ち帰るしか無い……となったところで、飛んで火に入る夏の虫よろしく、バンクスへやって来た者たちがいた。
何しろマーベリック卿はドワーフ――力自慢で聞こえた種族――のギブソンとともに、モルファン特使のカールシン卿に同行してここへやって来たのだ。帰りもカールシン卿と同行する事に決まっている。カールシン卿が重要人物である以上、重厚な警護の兵を付けるのは不自然ではない。来る時にはいなかった兵を帰りに増やす名目は、ノンヒュームから贈り物を預かったとか何とか、適当な理由をでっち上げればいい……というのが、パートリッジ卿から相談を受けたイラストリア王国サイド――主にウォーレン卿――の判断であった。
連絡会議に口裏を合わせてもらう必要はあるが……事が〝ノンヒュームと人族の交流を示唆する古代遺物〟に関わると言えば、ノンヒュームたちとて否やはあるまい。出土品の幾つかを譲る事になっても、それはそれでノンヒュームとの間に確固たる絆を結ぶ事になる……「共犯者」という名の強い絆を。
「何、上の方の思惑はともかくとして、お主が実際にやる事は、〝学者が資料を学院に持ち帰る〟だけじゃ。どこから見てもおかしくあるまい?」
「むぅぅ……」
苦り切った表情で、それでも頷くしか無いマーベリック卿。幾らか謀略の匂いはするが、確かに〝学者の職務〟の範疇ではある。
「それとじゃな……」
「……まだ何かあるのか?」
「なに、大した事ではないわい。エルフの美術史を専攻しておる者、もしくは詳しい者が学院におるかどうか、それを訊きたいだけじゃ」
「うむ……」
確かに、エルフのデザインがどういう流れを辿って今に至っているのか、それを調べる事が重要なのは解る。しかし、そういうマニアックな分野を研究している者がいるかどうかは……
「……学院での職務としてではなく、個人的な趣味で研究している者がいるかもしれん。そうなると即答はできんな」
「うむ。まぁ、年明けて学院へ戻ったら、それとなく調べておいてくれんか」
「承知した」
「さて、次にじゃが……」
マーベリック卿の料理はこれで終わったとばかりに頭を巡らせたパートリッジ卿を見て、残る三人は思わず身構える。今確か〝次に〟と言ったよな?
「マンフレッド、お主にもやってもらいたい事がある」
「は、はぃ?」
次なる生贄に選ばれたのは、マナステラ貴族のマンフレッド・ラディヤード・ロイル卿であった。
「この件じゃがの、さすがに国の阿呆どもに黙っておくのは拙いし、お主も立場上難しかろう?」
「それは……まぁ」
「じゃによって、この件はお主からマナステラに報告してもらいたい」
また面倒な事を――と、ロイル卿はあからさまに頭を抱える。
〝イラストリアでは、太古から人とエルフが交流・協力していた〟――などという事を馬鹿正直に祖国に報告すれば、このところイラストリアに対してコンプレックスが溜まりまくりの上層部が炎上するのは目に見えている。そんな火種を誰が務めたいものか。




