第三十四章 新年祭 2.新年祭
新年祭の光景です。
こっちの世界の新年祭だが、日本時間の一月四日の夜に執り行なわれた。つまり日本との時差は三日と考えていい。宿の主人のジェハンさんにそれとなく聞いたところ、王国で採用している暦では一年を三百六十日と定めており、端数(五~六日)は年の初めに余日として扱うそうだ。おそらく閏年対策として考えられたんだろう。今年の余日は五日間で、この間は一切の仕事を休んで騒ぎ、あるいは寛ぐのだそうだ。神様たちも同じように休んでいるそうで、余日の間は教会なども開かないのだという。また、この期間は少々羽目を外しても多めに見てもらえるとかで、人倫道徳上よろしくない振る舞いに及ぶ者もいるとか。ただしもちろん両者の合意あっての話で、余日に乱暴狼藉を働く者は、神様の好意を踏みにじった無粋者として軽蔑された上に顔に入れ墨を施されるために、暴力沙汰はむしろ少ないらしい。
さて新年祭当日、俺はジェハンさんに用意してもらったお供え物――干菓子の一種らしい――を、広場の奥に積み上げられた薪の周りに、皆に倣ってお供えした。篝火と一緒にお供えが燃え上がり、その煙に乗って天の神様にお供えが届けられるのだという。
お供えを上げた後は特にすることはなく、祭りの本番である夜までは辺りをぶらぶらしていればよいとの事。屋台も幾つか開いているが、やはり本番の夜に備えてか、開けてない屋台も多いようだ。少し早いが昼飯代わりと思い、串焼きを一本買って食べた。人目につかない場所で、懐中のライとキーンにもお裾分けしておく。
『マスター、マスターの世界のお正月とは、大分違いますか?』
『いや、単に俺が引き籠もっていただけだ。二年参りにも初詣にも、行く人は行くからな。テレビで見たろ?』
『もの凄ぉい、人出でしたぁ』
さてテレビの魔法だが、お供えを上げる前くらいから撮影用の魔石を起動させている。バッテリーの代わりに俺の魔力を使うので、電池切れは気にしなくていい。なのでカメラ――代わりの魔石――は回しっ放しだ。見ている方は退屈かも知れないなどと考えていると、串焼きを食べるあたりでブーイングが入った。自分たちだけ食べるのは狡いという。尤もな話なので、適当に選んだものを持って洞窟に転移で戻った。まだ温かいそれらをうちの子たちと一緒に食べると、一家団欒という感じで楽しい。しばらく洞窟で皆と寛いで、頃合いを見計らってバンクスに戻る――見咎められないよう注意して。
その後も適当にだらだら飲み食いして時間を潰していたが、夕暮れ前になると段々と人出が多くなってきたので、混雑を避けて端の方に移動する。
すっかり日が暮れて暗くなると、神官らしき人物たち――神様の数だけ神官さんもいるらしい――が松明を掲げ、薪に火を放つ。予め油か何かがかけてあったのか、結構な勢いで燃え上がった炎が新年の夜空を焦がしていく。わぁっという叫び声が上がると、人々は薪の周りで手を繋ぎ、音楽に合わせて踊り出した。あぁ、日本でも見たな、マイムマイムとか。俺はもちろん踊れないから見物だけだ。それでも楽しげな雰囲気に影響されたのか、結構愉快に感じられた。曲目が次々に変わり、それに伴って踊りのテンポも変わるが、踊り方自体は変わらない。こういうのも面白いね。
踊りが延々と続いているのが気になったので、隣の男に尋ねたところ、参加者や曲目を変えながら、年が明けるまで踊り尽くすのだという。あぁそうか、阿波踊りだ、コレ。
篝火を離れて広場の外に出ると、道々に数多くの屋台が並び、客が何やかやと買い物をしている。小広場では大道芸人たちが様々な芸を披露している。これも中々面白いのだが……
誤算があった。懐中の二人だけでなく、中継を見ていた留守番組までうるさく注文を付けるんだよ。
『ますたぁ、あれぇ、何ですかぁ?』
『ご主人様……あれは……何を……やって……いるのですか?』
『マスターっ! あれっ! 美味しそうです!』
『クロウ様、向こうでは何をやっているのですか?』
『主様~あれは何ですか~』
『ご主人様、あちらに何やら興味深いものが……』
『クロウよ、あれは何じゃ?』
そのつど俺は足を運んで……会場中を駆け回ったよ……ちくせう。
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翌日、俺は筋肉痛になった。こっちに来てから体力は上がっている筈なのに……。
結論、やはり寝正月が最高だな。
クロウは基本的に親馬鹿です。明日は挿話になります。




