第二百四十二章 善人(?)たちの夜 7.風発する談論~留学問題勝手話~
クロウとルパの会話はさて措いて、いま一人の異邦人たるロイル卿はどうかと言えば……食堂から客間へと移る際にも我が身の不運を零しており、その愚痴の相手はパートリッジ卿とマーベリック卿が務めていた。まぁ、妥当と言えば妥当な人選である。
「……本国の方は夢一杯の希望を語っていれば済むのでしょうが、それを実務という形で押し付けられる方は、堪ったものではありません」
「まぁ、少しくらいなら力になれると思いますが……実際問題としてモルファンの王女殿下ご留学の件は、まだ具体的な話が学院に降りてくる段階ではないようでしてな」
そう慰めつつも抜かり無く予防線を張っているマーベリック卿の言に拠れば、政権中枢も海のものとも山のものともつかぬ話に右往左往させられているのが実情らしい。いや、王女の留学を受け容れるというところまでは確定しているらしいが、
「抑モルファンの王女殿下がどういった学問分野に興味をお持ちなのか、そういった情報すら下りて来んのですよ」
――というマーベリック卿の発言には、こっそり聴き耳を立てているクロウとしても呆れざるを得ない。それは基本中の基本……と言うより、留学の大前提ではないのか?
「情報源は特使たるカールシン卿の言葉だけなのですが……王女殿下ご本人の事に関しては、当のカールシン卿もあまり詳しい話を知らないようでしてな」
「まぁ……王族の個人情報など、下々の者に伝わっていないのは無理からぬ事……と言うか、漏れておるようではそっちの方が問題だとも言えるのじゃが……」
「この場合はねぇ」
「如何ともし難いですな」
どうも件の王女殿下、特に民俗学や文化人類学に興味を持っているという訳でもないようだ。国の意向で留学を決められただけなのか?
(「本人の希望とかって、こういった場合には斟酌しないもんなのか?」)
小声でルパに問いかけたクロウに、隣のルパも囁き返す。
(「幼くても王族だからな。個人的な希望より国益が優先される。多分だけど、ご本人もその覚悟はおありだろう」)
(「そりゃ……王女殿下もお気の毒な事だな」)
(「まぁ、他国への留学という事それ自体は、多分だけど殿下もお楽しみなんじゃないかな」)
成る程、小中学生の学校見学や職場見学、或いは体験授業のようなものか――と、独り内心で納得するクロウ。あれも将来の進路とかは無関係に、小中学生には単に「お出かけ」であったような気がするし。
ルパの言に拠れば、王女殿下はまだ〝幼い〟そうだし、本人的にはそこまで深刻な話ではないのかもしれぬ。それに、学院とやらの授業にしても、そこまで偏ったものではない筈だ。一般的な基礎科目を普通に教えるだけならば、授業に関しての問題は無いのかも。となると、残る問題は〝幼い〟王女が親元を離れて、単身異国にやって来るという事だけだが……
(お付きの者とかも同行しているだろうし、そこまでの不安は無いのかもな。もし問題が発生した場合の対処とかも、王家ならそれなりのノウハウは持っていそうだし)
どうやら、王女殿下の方の問題は、そこまで気にする必要は無いようだ。……と言うか、抑クロウが頭を悩ます必要など、最初から寸毫も無いのであるが。それでもついつい余計な心配をしてしまうのは、根っこのところでクロウが善人だからなのか。
(「そうなると……問題は学院側の受け入れ態勢……と言うか、モルファン側の希望にどれだけ応じられるか――そっちだな」)
(「〝ノンヒュームの文化や習俗〟とはねぇ……我が国に望む内容じゃないような気もするけど」)
(「イラストリアも別にノンヒュームの国って訳じゃないしなぁ」)
――という台詞を交わしたタイミングで、クロウたちに背を向けていたマーベリック卿の肩がピクリと微かに動いた。が――生憎とクロウもルパも、それに気付く事は無かったが。
マーベリック卿の不審な挙動に気付く事も無く、暢気者二人は会話を続ける。
(「モルファンにはノンヒュームは殆どいないんだろ? だったら、文化だの習俗だのと小難しい事を言わずに、ノンヒュームとの付き合い方の基本……というか、ノンヒュームと付き合う際のマナー講座でもいいんじゃないのか?」)
(「あぁ、そっちの方がモルファンは喜びそうな気がするな」)
――という件で再びマーベリック卿の肩が、今度は前よりも大きく動いたが、相変わらず二人はそれに気付かない。
そして――痺れを切らしたかのようにマーベリック卿が振り向かんとした、まさにそのタイミングで、
「ではそろそろ、今回の取って置きをお目に掛けるといたそうかの」
――全員の目がパートリッジ卿に向いた。
本日21時頃、「ぼくたちのマヨヒガ」更新の予定です。宜しければご笑覧下さい。




