第二百四十二章 善人(?)たちの夜 5.奇縁な食卓(その4)
思いもよらぬ発見を聞かされて、ロイル卿とマーベリック卿二人の関心は古代遺跡に向けられる。殊にロイル卿にとってみれば、先程の〝看過できぬ出土品〟というパワーワードに引き続いての新知見である。興味を引かれる事も一入であった。
古代遺跡には関わっていないクロウとしては、実に好ましい状況である。これなら自分に注意が向く事は無さそうではないか。
さて――そんなクロウの番となった時、パートリッジ卿はクロウの事を〝異国からこの国の薬草を調べにやって来た採集者〟とだけ紹介した。どこまでカミングアウトするのかは、クロウの裁量に任せるつもりのようだ。
そんなクロウの肩書きはと言えば、表に出せないものを除いても――
・パートリッジ卿とルパの著作の挿絵を担当した絵師
・テオドラムの毒麦と鉱毒の件を曝いた功労者
・現在はあのエッジ村の住人
・パートリッジ卿の許に古酒を持ち込んだ張本人
・ノンヒュームの知り合い
――という、中々に物議を醸しそうなものが揃っていた。
……成る程。パートリッジ卿ならずとも、どれをどこまで素っ破抜くか、躊躇いたくもなるだろう。
(……さて……何と自己紹介したものか……)
ロイル卿の立場を考えると、「ノンヒュームの知り合い」である事をカミングアウトするのは、自ら面倒を呼び込むようなものだ。況してそのロイル卿は、あの「迷姫」リスベット嬢の父親である。二段重ねの危険度ではないか。
また、〝古酒はノンヒュームがサルベージして得たもの〟という設定に鑑みれば、「古酒の提供者」というステータスも、必然的に「ノンヒュームの知り合い」である事に通じる。
(……却下だな)
では、「エッジ村の住人」という肩書きはどうか。
マーベリック卿とロイル卿本人はいざ知らず、この場にはロイル卿の夫人も同席している。夫人がマナステラの出身である事を考慮しても、草木染めや丸玉の産地であるエッジ村の住人である事をカミングアウトするのは……
(……リスクが大き過ぎる……これも却下だな)
――ならば、毒麦と鉱毒の件はどうか。
これらはマナステラでも評判に……と言うか騒ぎになっており、ロイル卿の関心を引くに充分であろう。抑、これらの件はクロウがマナステラの商人――と、パートリッジ卿――に教えたものであるからして、クロウについても既に幾許かの情報は流れているかもしれない。とは言え、態々自ら名告り出る必要も無いだろう。
殊に、毒麦の正体が麦角菌である事に関しては、問い合わせを受けた王立講学院の方でも知らなかったとみえて、逆にニュースソースを問い詰められたという。
(……マナステラの貴族と王立講学院の学院長……地雷になりそうな人材が揃ってるな)
斯くの如き消去法の結果、クロウの自己紹介は、
「……ただ今ご紹介に与りましたクロウといいます。絵師を生業としておりまして、そのご縁でパートリッジ卿とお付き合いをさせて戴いております」
――というところに落ち着いた。〝絵師〟の件でマーベリック卿の肩がピクリと動いたような気もするが……幸いにしてその場で追及を受ける事は無かった。




