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第二百四十二章 善人(?)たちの夜 4.奇縁な食卓(その3)

 食事の合間にも和やかに雑談が進む。料理の話から転じて、このところのバンクスの砂糖事情からノンヒュームの話、シアカスターにできたという菓子店の近況――このネタはマーベリック卿がもたらしてくれた――などが話題になる。クロウはそれら全ての黒幕であるだけに、(もっと)もらしい顔で聞いてはいても、その内心ではヒヤヒヤものであった。

 ともあれそうこうしているうちに、会話も一段落付いたと見たのか、パートリッジ卿が改めて各人の――正式な――紹介に移った。


 最初に紹介されたのは、マナステラの貴族であるロイル卿とその妻子であった。パートリッジ卿による簡単な紹介の後に、ロイル卿本人による自己紹介が続く。どうやらこれがこの国における「紹介」の形式らしい。自分の時には何を話すべきか、クロウが内心で算段している間にも、ロイル卿による自己紹介は続いている。

 元々はこの国の見学に来ていたのだが、突如として国から縁故作りを命じられたとぶっちゃけたところで、参加者各位から同情の声が上がった。

 右往左往と言うか右顧左(うこさ)(べん)と言うか出処進退の定まらぬマナステラが、ノンヒュームたちが連絡会議の本拠を置いたイラストリアに羨望と警戒の念を抱いている事も、混乱するマナステラが自分たちの立ち位置も方針も固められずにいる事も、この席に呼ばれた者なら重々承知している。その(とばっち)りで上層部から無茶振りを喰らったというのなら、そのロイル卿に対して同情の意を表するのも無理からぬ事ではないか。


 出席者――クロウを含む――の同情がロイル卿に集まったところで、パートリッジ卿による紹介はマーベリック卿に移った。

 丁度好い按排(あんばい)にと言うか、そのマーベリック卿はイラストリア王国の王立講学院の学院長であり、ロイル卿に振られた難題――来年の王女留学に際しての縁故作り――をクリアーするには打って付けの相手であった。と言うか、紹介してもらった時点で既にミッションクリアーである。

 マーベリック卿は軽く挨拶(あいさつ)すると、以後も当たり障りの無い範囲での交流を持つ事をロイル卿に約した。何しろマナステラからの指示が具体性を欠いているため、これだけでも充分であると同時に、これ以上踏み込んだ交流はできない。なので両人とも気軽である。

 さてそのマーベリック卿であるが、自分の専門分野は社会学であるとごく簡単に述べた後、古代遺跡の発掘現場で看過できぬ代物が発掘されたと聞いてやって来た――と述べた。勢い、その〝看過できぬ代物〟とは何ぞや――と、一同の好奇心が高まったのだが……



「まぁ、それについては後ほど場を改めて話そう」



 ――と、パートリッジ卿は気を持たせるように場を締める。


 三番手に紹介されたのはルパである。

 ルパ――ルーパート・ホルベック爵子。ちなみに「爵子」というのは、長子でない貴族の子弟にこの国でつける敬称――は男爵家の三男という事で貴族ではあるが、自身は爵位を持っていないので、自身准男爵――田舎の騎士爵家の四男坊だが、学者としての功績により法衣貴族として爵位を得た――であるマーベリック卿の後に廻されたらしい。

 そのルパはと言えば、自分を博物学者――専門は昆虫――だと自己紹介した後で、自分も少しだけ古代遺跡の調査に関わっている事をカミングアウトした。


 これはクロウも初耳だったのだが、シャルド古代遺跡から出土した土器に昆虫の圧痕が(のこ)されており、その種の特定に(たずさ)わっているという。居並ぶ一同は驚きの様子だが、クロウには(いささ)かの心当たりがあった。……と言うか、(そもそも)の入れ知恵自体がクロウによるものである。

 裏事情についてこの場で明らかにしておけば、ルパがこの件に足を踏み入れた経緯(いきさつ)は次のようなものであった。


 発端はシャルドの古代遺跡で、線刻を施された土器が出土した事であった。

 その線刻画を見たパートリッジ卿が、ひょっとしてこれは何か昆虫をデフォルメしたものではないかと気付き、身近な昆虫専門家であるルパにその土器を持ち込んだのである。まぁ、この時のパートリッジ卿の心中としては、大まかにどんな昆虫なのかが判れば儲けもの……という程度の軽い気持ちであったようだ。

 持ち込まれたルパの方は、どうやらセミかバッタの類ではないかとまでは見当を付けたものの、それ以上の特定には――かなりなデフォルメが施されていた事もあって――至れなかった。この場にクロウがいれば……などと現実逃避に浸っていたところで、ふと思い出したのが、以前にそのクロウから聞いた話。



(……土器を作る時の胎土に昆虫や種子が付着する事があり、それらの昆虫や種子は土器焼成時に焼失するが、その圧痕は保存される――と言っていたな)



 何しろ土器を焼く直前ぐらいにくっ付いたものであるから、その時代の混入物に間違いはない。言い換えると(くだん)の虫なり草が、その時代のそこに存在していた(あかし)となる。

 ()(ぜん)興味を覚えたルパが土器の表面を(あらた)めてみると、それらしき窪みが幾つか見つかった。注意深く洗浄した後に、クロウに入れ知恵されたとおりにワックスの一種を押し込んで、圧痕の型が取れたと見たところでそれをそっと引き出すと……



(これは……ゾウムシの一種かな……?)



 ()くして、予想外の発見にふんすと鼻息を荒くしたルパがパートリッジ卿に注進に及び……()(らい)ルパが発掘調査に参加する次第となったのである。

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