第二百四十二章 善人(?)たちの夜 3.奇縁な食卓(その2)
「まず、貴族の間での基本的なマナーとして、目下の者から目上の者に話しかけてはいけないというのがある」
(ふむ……ラノベなどでもちょくちょく出て来るネタだが……実際にもそうなのか)
読者として読む分には勿体ぶった習慣のように思っていたが、こうして実際に我が身に降りかかって来た場合には――
(……多分一番下っ端だろう俺としては大歓迎だな。黙りを決め込む口実になる)
礼儀正しく後ろに控えて遣り過ごす気が満々のクロウであった。パートリッジ卿に何か思惑があるのなら、その誘導に乗ってやればいいだけだ。積極的に会話に割り込んでいく必要が無いというだけで大助かりである。
内心でクロウがそんな算段をしている間にも、ルパのアドバイスは続いている。
「――それとも関係しているんだが、パートリッジ卿による紹介も、目上の者から順番になる。紹介されないうちは正式な客としては扱われないから注意しろ。自分から話しかけるなど以ての外だ。僕も今夜は敢えて話しかけたりはしない」
「ふむ」
「他の招待者はクロウの事を知らないだろうから、正式にパートリッジ卿からクロウを紹介されるまでは、彼らも話しかけたりはしてこないだろう。クロウは――身分的には――一番目下の筈だから、紹介されるのは多分最後の方になる」
それは重畳――と、黙して頷いていたクロウであったが、
「目上の者から話しかけられた時は別だが、何かあってもクロウから突っ込んだりしないように」
――との助言(?)には反論せざるを得なかった。
「おいちょっと待てルパ、俺はそんなに場面構わず突っ込んだりはしないぞ}
そう反論したクロウであったが、まさに今その〝突っ込み〟を受けているルパからは、疑いの視線を向けられるばかり。
それと察したクロウも、「むぅ……」と不満げに唸りつつも、ルパの「忠告」を受け容れる事にしたようだ。
「紹介されたら自分の近況とか、当たり障りの無い事を話しておけばいい筈だ」
「……成る程」
これで難局を乗り切れるか――と安堵しかけたクロウであったが、そうは問屋が卸さない。ルパの「助言」には続きがあった。
「食事が済んだら談話室に移動し、そこで談論風発という流れになる。或る意味ここからが本番だな。食事の時とは違って、遠慮の無い会話が飛んで来るぞ」
「第二ラウンドがあるのかよ……」
「パートリッジ卿の知り合いという事だから大抵大丈夫だとは思うが、余計な事を口走らないようにしろよ、クロウ」
「気を付けよう……」
このところの失言癖と、それがもたらした面倒の事に思いを馳せつつ、クロウはルパの忠告を心に刻む事にした。
・・・・・・・・
そんな心構えで会食に臨んだクロウであったが……まさかその〝第二ラウンド〟に移る前の食事中に、「迷姫」に目を付けられるとは。
食事中、リスベットの視線はクロウにロックオンしたままで離れない。幸いなのはリスベット嬢もマナーを弁えているらしい事で、自分から話しかけたりはしなかった――食事の席では。
この先に控える歓談の事を思うと、戦々兢々とせざるを得ないクロウであった。




