第二百四十二章 善人(?)たちの夜 2.奇縁な食卓(その1)
パートリッジ卿主催の夕食会に招かれ、まさに今その食卓に着いているクロウであったが……来たのは少々軽率だったかと、早々に後悔する羽目になっていた。
その元凶こそは誰あろう、食卓の向こう側に座って、今もクロウをジーッと見つめているご令嬢……「迷姫」の二つ名で知られるリスベット・ロイル嬢であった。
(……ったく……貴族のマナーとやらのお蔭で、会話に参加するのは免れてるが……この様子じゃそれもいつまで保つか……)
視線をクロウにロックオンして離さない「迷姫」。その様子をチラリと窺って、クロウは内心で溜息を吐いた。
狡猾・辣腕を以て鳴るダンジョンロードのクロウをして、斯くも長嘆息せしめた会食のメンバーはと言うと、主人たるパートリッジ卿と常連のルパは別として、他の参加者は――隣国マナステラの貴族だというロイル卿とその家族、そしてイラストリア王立講学院の学院長たるマーベリック卿――田舎の騎士爵家の四男坊だが、学者としての功績により准男爵位を得た法衣貴族――であった。当人たちは気付いていないが、何れもクロウとは浅からぬ因縁を持つ面々であり……要はクロウが逃げ出したくなるのも宜なるかなと言える顔触れであった。
(……貴族籍にはあるが小煩い事は言わない面々だから、変に身構える事無く参加してくれればいい……って、充分に面倒な連中じゃないかよ……)
先程から視線をロックオンして離さないリスベット嬢は別としても、新顔さんたちもクロウには内心で興味津々のようだ。
(まぁ……貴族ばかりの会食の席に、出処進退の知れない平民の男がしれっと混じってたりすりゃ……ご新規さんでなくたって気になるわな)
ただ、彼らが貴族であり、ここが――堅苦しい事は言わないと暗に宣言されているとは言え――正式な会食の場である事から、彼らも無遠慮な詮索を向ける事はしてこない。
(……ったく……ルパから貴族のマナーってやつを教わっといて良かったぜ)
クロウはここへ来る前に「樫の木亭」でルパから受けたレクチャーの事を思い返していた。
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「いいかクロウ、パートリッジ卿はあぁ仰ってるが、今回はいつもの――気の置けない仲間内での会食ではない事を忘れるな」
ルパの忠告に、クロウも頷いて耳を傾ける。
平時の事ならいざ知らず、今夜は他の貴族も招いてのちゃんとした晩餐会との事である。面倒なので欠席してやろうかとも思ったが、クロウの気質を呑み込んだパートリッジ卿が、それでも敢えてクロウを招待したからには、そっちの方が良いと判断したからであろう。それがクロウにとってではなく他の招待客にとっての「良い」であったとしても、普段から世話になっているパートリッジ卿の事であれば、借りの一つも返すのに吝かではない。
ただ、それはそれとして……
(俺も物書きの端くれとして、中世貴族のマナーについても少しは囓っているが、リアル異世界の会食マナー、それもイラストリアという特定の国の慣習などは知らんからな。ここは素直にルパに感謝しておくべきだろう)
そういった判断の下に、クロウはルパの忠言に耳を傾けているのである。




