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第二百四十二章 善人(?)たちの夜 1.ルパの憂鬱

本章も長くなります。

 さて、運命の糸に絡め取られたかの如き我らが不運な主人公・クロウであるが、この日はパートリッジ卿から晩餐会に招かれていた。

 そしてその少し前に、「樫の木亭」にいるクロウの(もと)をルパが訪ねて来ていたのだが……珍しくも沈んだ様子であった。



「よぉルパ、何か都合が合わずに今日まで挨拶(あいさつ)できなかったが、元気そう……と言いたいところだが、どうかしたか?」



 元気の国から元気を広めに参りました――というのが似合っていそうなのが日頃のルパなのだが、この日は何やら屈託(くったく)を抱えていそうな顔である。

 そのルパは、一つ大きな溜息を()くと、



「クロウ……母や姉たちが迷惑をかけたようで、すまない」



 ――と詫びたのだが……当のクロウに思い当たる節は無い。迷惑も何も、誰がホルベック家の女性陣になど近寄るものか。(おそ)れ多くて鳥肌が立つわ。頼まれたって()(めん)(こうむ)る。

 ……そう口に出しかけたところで、クロウは一つの可能性に気が付いた。



「……エッジ村の――草木染めの件か?」

「そうだ。迷惑を掛けてすまない」



 がっくりと(うな)()れたルパを見て、クロウは少し憐憫(れんびん)の情を覚えた。


 五月祭でホルベック卿(ゆかり)の女性陣から友禅(ユージン)染めの発注を受けたのは、まぁ或る意味で想定の範囲内ではあった。(ゆえ)にその場合の対策も、予め考えてはあったのだが……

 そんな想定をコロリと引っ繰り返してくれたのが、モルファンの特使によるエルギン立ち寄りと、(恐らくはその結果を受けて決定されたらしい)王女留学の際のエルギン訪問、そして――それに(かこつ)けたホルベック卿夫人の新規発注であった。

 草木染めの件でただでさえ(せわ)しない状況に陥っているエッジ村に対して、年の瀬も迫ろうかという十一月の下旬にいきなり追加発注がかけられたのだから、そりゃ村の方だって慌てもする。

 幸いにしてこの時は何とか打開の筋道が見えたため、領主側にも幾つかの条件を呑んでもらった上で受注する事にしたのだが……目の前にいる律儀な(ルパ)は、どうやら自分がそれを抑えきれなかった事を気に病んでいるらしい。



「……十一月の追加発注の件なら確かに驚かされたし、まぁ、()(てい)に言って迷惑でもあったんだが……それは別にお前のせいじゃないだろう。()いて言うなら巡り合わせが悪かった訳で」



 師走(しわす)も目前の十一月下旬に来春締め切りの、しかも製作が面倒だと事前に通達していた筈の友禅(ユージン)染めの追加発注――正確にはその打診――を行なおうというのだから、注文主の側にも相応の説明責任が発生する。この時にもホルベック卿夫人から直々(じきじき)の書簡で、来年のモルファン王女留学に絡んでのアレコレの事情が、切々(せつせつ)とした文面で説明されていた。(ゆえ)にエッジ村の面々も、発注の経緯(いきさつ)については(わきま)えている。

 そして――その書簡に書いてあった理由を読む限り、これはもう星回りが悪かったのだと諦めるしか無い……と、村人たちも諦めて受注を決めたのであった。



「そう言ってもらえると気が楽だが……もし、この後も母や姉が何か無茶振りを言ってくるようなら、僕の名前を出してくれて構わない」

「そりゃ……村としては助かるが、いいのか?」

「あぁ、構わない」



 (はら)(くく)ったというか目が据わったというか、覚悟を決めた様子のルパが言うには、



「クロウが協力してくれた本のお陰で、僕の評価もグンと上がって、家族にも大きな顔ができるようになった。

「それに――僕がクロウに伝手(つて)を持っている事がはっきりすれば、母や姉も事を荒立てようとは思わない筈だ。……領地繁栄の鍵――と言うか、友禅(ユージン)染めと丸玉――を握るエッジ村と、領主家(じぶんのところ)の利かん気の末っ子が手を握るなど、母や姉には悪夢だろうからな」



 ルパと家族の仲が(いささ)か心配になったクロウであったが、〝父と兄には僕の方から手紙を出しておく〟――とまで言われた以上、ここから先は余人が口を挟むところではないと正しく判断するクロウ。ここは素直に礼を言っておくべきだろう。


 その代わりという訳ではないが、ルパにはエルギン――と、ホルベック卿――の現状を少し教えておく事にする。バンクスへ来る前に立ち寄ったエルギンの町で、連絡会議の面々から仕入れたホヤホヤの近況である。



「うぅん……父からは時々手紙で愚痴が届くんだが……そこまで大変な事になってるのか……」

「あぁ。ノンヒュームの連中も、別に親爺さんに迷惑をかけるつもりは無かったようなんだが……想像以上に大事(おおごと)になったもんで面喰らってもいるし、悪いと思ってもいるようだな」

「まぁ……ノンヒュームたちに含むところが無いのは僕にも解るし、新年祭や五月祭で大変な目に遭ってるのもこの目で見てるからな」

「……まぁな」



 ノンヒュームたちにせよクロウにせよ、悪気が無かった事だけは誓ってもいい。惜しむらくは少しばかり状況認識が甘かっただけだ。砂糖やビールはともかくとして、古酒とクリムゾンバーンの革があそこまでの大事(おおごと)になるなど、(ごう)も予想できなかったのである。



「しかし……ノンヒュームの滋養強壮料理か。どんなものだか知ってるか?」

「知らん。俺も知り合いのノンヒュームから、雑談混じりに聞かされただけだからな。効果とかについては、(じか)に親爺さんに訊ねた方が良いんじゃないか?」

「それもそうか」

「そんな事より、そろそろ出かける時間じゃないのか?」

「そうだな。あまりパートリッジ卿を待たせる訳にはいかない。よし! 行くぞクロウ!」



――()しくも日本の暦で十二月三十一日、大晦日の夕べの事だった。

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