第二百四十一章 錯綜する縁(えにし) 10.出迎える者たち(その2)
頭を抱えそうな様子で力無く俯くロイル卿を、パートリッジ卿は気の毒そうに見ていたが、
「……この件は寧ろオールド・ビルの方が適任でしょう。古代遺跡での発掘成果、シャルドの町でもその話で持ち切りでしたよ?」
何やら含みのある目付きを向けるロイル卿を、
「生憎と、発掘作業はまだ始まったばかりでな。結論を出すには早過ぎる。いや、それ以前の話としてじゃ、儂は〝ノンヒュームの文化や習俗に明るく〟などないのでな」
年の功でしらりと斬り捨てる。
だが、さすがに旧友の息子を突き放すだけというのは気が咎めたらしく、
「儂よりもお誂え向きの人材がおる。他ならぬ学院――イラストリア王国王立講学院――の学院長でな、数日中にここへやって来る手筈になっておる」
「それは……願っても無い……」
――他の生贄を差し出す事にしたらしい。そして……
「……そうそう、国元の要望からは外れるが、面白い人物を紹介してやろうかの。異国からこの国の薬草を調べに、遙々海を渡ってやって来たという若者でな」
「ほぉ……薬師ですか?」
「いや、専門の薬師ではなく、標本の採集を請け負った採集人らしい」
「ほぉ……採集人……」
クロウが絵師だという事は――少なくともクロウの承諾が無い段階では――仮令ロイル卿にも明かすつもりは、パートリッジ卿には無いようだ。まぁ、自著の挿絵やシャルドの版画で「幻の絵師」の令名が暴騰している現状に鑑みれば、不用意に漏らす訳にいかないのは事実である。
「うむ。薬草以外の事についても実に博識な若者でな。話を聞くだけでも得るところが多いじゃろうよ」
……我らが不幸な主人公の運命も、本人の与り知らぬところで決められたようである。
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ところ変わって、ここはバンクスの冒険者ギルド。ギルドマスターが主立った職員を集めて、何やら訓示を垂れているところである。
「全員、手配書には目を通したか?」
「……一応は」
「これって掲示しておく訳にはいかないんですよね?」
「当たり前だ。隣国の貴族家のお嬢様を手配犯扱いなんざ……バレたらコレもんじゃ済まねぇぞ」
手刀で自分の後ろ首を叩いて見せるギルドマスター。
〝クビ〟という単語が――物理的な――意味合いと重みを持って、聞いている全員の心に響く。
「内容を全員が憶えたんなら、手配書は回収、枚数をキチンと数えた上で厳重に仕舞い込んどけ。間違っても表に出すんじゃねぇぞ?」
「バレたら紛争もんですからねぇ……」
――どうやら余程に重大な案件らしい。
「しかし……可能性があるとは思っていましたが……実際にこっちへ来られるとなると、面倒なだけじゃ済みませんね」
「しかも、選りに選って新年祭の期間中とは」
ウンザリした様子の職員たち。
言葉の端々から窺える限りでは、よほど扱いの難しい重要人物でも来るようだが……?
「まぁ、別にお嬢ちゃんに悪気がある訳じゃねぇ。ただちょっと……面倒な特殊技能を持ってるってだけだ」
「面倒なのは否定しないんですね、ギルマス」
「……ともかくだ、『迷姫』様は既にお越し遊ばしてるんだ。ゴチャゴチャ言わずに見張りに就け。あちらの国元からお嬢様の監視・捕縛要員が同行してるって話だし、滞在先から行方を晦ましたら、直ぐに連絡が来る手筈になってる。本人自体は温和しく聞き分けの良い子供だそうだから、いなくなる以外の面倒は起こさん筈だ」
「……失踪癖のある良家のお姫様なんて、それだけで充分な面倒ですよ」
……手配中の要注意人物「迷姫」ことリスベット・ロイル嬢。その彼女がバンクスに再臨したという事で、緊張した雰囲気の中、密かに厳戒態勢に移行した冒険者ギルドなのであった。




